7. 悪夢
大蜘蛛討伐部隊は、南の砦を出発してから二日目の昼を迎えていた。
今日は大蜘蛛を刺激しない場所に陣を張り、明日の朝から本格的な戦闘を始める予定になっている。
ロナウドは騎乗しながら疲れた表情を浮かべていた。
調子が悪いのかとミレイやラナに訊かれたが、昨夜あまり眠れなかっただけで問題ないと答えた。
それは嘘ではないが、本当のところはカンナバーロに見せられたエトウの活躍に興奮したり、自らの人を見る目のなさが嫌になったりと、気持ちが揺れ動いたのが原因だ。
カンナバーロが去った後も、朝方までなかなか寝つけなかった。
あの道化師はなんなのだろうか。昨夜も「また遊ぼうね」と言って自分を解放した。
ロナウドにはカンナバーロの意図がまるで分からなかった。
エトウがパーティーで戦っているところを見たのは初めてである。
素晴らしい連携だった。それぞれのメンバーが、臨機応変に動きを変えられるだけの余裕を持っているように見えた。
それは連携の反復練習と、積み重ねた実戦経験によって可能になることだ。
まだ子供に見えたハーフオーガ族の娘も、その戦闘力は決して低くはなかった。
昨夜のカンナバーロは気持ちが高ぶっているようだった。
準備してきた出し物をやっと披露する機会が得られた子供のように、ロナウドの反応を楽しんでいた。
「勇者様、いよいよ次がクライマックスだよ! どーん! 聖剣登場!」
「エトウが聖剣を振るうのは先程見ただろう? 聖職者たちのターンアンデッドをエンチャントして、湖の魔物を消し飛ばしたではないか?」
「なぜ今さら言うのかって? 見ていれば分かるよ!」
エトウのパーティーメンバーであるオーガ族の剣士が、ビッグマウスを地面に叩き落とした。
ビッグマウスはその勢いのまま、エトウが待機している湖の方へ滑っていく。
エトウは聖剣に火魔法をエンチャントすると、巨体を誇るビッグマウスを一刀両断にした。
「なんという威力だ……。あれほど硬い魔物を一太刀のもとに斬って捨てるなど、私でもできるかどうか……」
「すごいよねー、エトウさん。この人、前は勇者様と一緒に戦ってたんでしょ? どうして別れちゃったの?」
「……私たちが追い出したんだ」
「えー、どうしてぇー? 彼、こんなに強いのにー」
カンナバーロのわざとらしい質問に、ロナウドは答えることができなかった。
あの頃のエトウは弱かったからというのは、パーティーを追い出した理由にならない。
彼の得意とする補助魔法を禁じていたのは自分なのだ。
その成長を確かめようともせず、サポートメンバーまでもがエトウに差別的な態度を取っていたことにも無関心だった。
そのときにはエトウへの興味を失っていたのだ。
ロナウドは深いため息をついた。
カンナバーロに悪夢を見せられた気分だった。
☆☆☆
司令部のテントには各地からの情報が集められている。
先行した斥候部隊や見張りについていた冒険者たちから、現地の情報もあがってきた。
状況は数日前と変わらず、大蜘蛛は小高い丘の上に大規模な巣を作っていた。
巣には北側から出入りしているようで、森で獲物を捕まえると糸でグルグル巻きにして持ち帰っている。
「ロナウド様、帝国からは作戦を静観する旨の回答が得られました。あくまで非公式なものですが、あちらにもことを荒立てるつもりはないかと思います」
帝国との交渉をまかせていたグラシオラが報告を行なった。
「想像していたよりも、物分りがよかったな」
「ロナウド様が作戦に参加されているからでしょう。騎士団のみの軍事作戦では、こうはいきません」
騎士団での活動経験が豊富なロブが答える。
「そうか。勇者の称号には、帝国も一定の配慮をしてくれるようだな。いずれにしろ、巣の西側には抑えの兵士を配置できるのだな?」
「ゴーレムの調査を命じた冒険者たちが合流しましたので、彼らに騎兵をつける形で西側を監視させます」
「それがいいだろう」
ゴーレムは一度目撃されて以降、その姿を消していた。冒険者の見間違いではなかったのかという話も出たが、現在の情報だけでは判断ができなかった。
ロナウドは、ゴーレムの調査を一旦打ち切って大蜘蛛討伐に集中することに決めた。
明日の作戦は、騎士団に西側を除く三方に防御陣を築いてもらい、大蜘蛛を引き込んで殲滅する態勢を作ってもらう。
そして、勇者パーティーを中心とした聖騎士、騎士、魔道士、冒険者の総勢百二十人が、東側の丘から巣に攻め込む計画である。
帝国側に押し出すように大蜘蛛を逃してしまうと後々問題になるだろう。
攻めるときには、その辺りの兼ね合いが難しい。大蜘蛛のための逃げ道も東側に用意しておかなければならないのだ。
ロナウドが明日の作戦について最終確認をしていると、一人の騎士がテントに入ってきてロブに耳打ちした。ロブの眉間のしわが深くなっていく。
「ロナウド様、少しよろしいでしょうか?」
ロブは険しい表情でロナウドに尋ねた。
「なにがあった?」
「見張りをしていた騎士の一人が大蜘蛛に殺され、死体を奪われたそうです」
「なんだと!」
「ここは巣の場所から大分距離があります。大蜘蛛がこの辺りまで活動範囲を広げているとしたら、新しい巣を作る準備かもしれません」
グラシオラが懸念しなければならない点を冷静に指摘した。
このまま放っておけば、大蜘蛛の勢力が増し、森の環境は今以上に悪くなる恐れがある。
だが、襲撃をかけてきた大蜘蛛がはぐれ魔物ではなく、群れで活動している一匹だとしたら、群れの拡大するスピードが当初の予想よりもかなり早い。
「グラシオラ、大蜘蛛が予想よりも早く勢力を伸ばしているのはなぜだ?」
「ロナウド様、申し訳ありません。私には確かな理由が思いつきません。群れの成長度合いがあまりに規格外です。報告が間違っていたか、なにか重大な見落としがあるのか……」
「ティーダ、全軍に警戒を促せ。奪われた騎士の死体を回収するための調査隊も出しておけ。ただ、深追いは厳禁だ」
「はっ!」
大蜘蛛の数について見直しが必要かもしれない。
しかし、これ以上作戦を遅らせれば、大蜘蛛の群れはさらに大きくなる可能性がある。
それに帝国がいつまで静観してくれるのかも分からない状況だ。
たとえ味方に多くの犠牲を強いることになっても、討伐作戦の成功が視野に入っているうちは出撃命令を下さなければならないだろう。
ロナウドはその覚悟を決めていた。




