4. 人形の呼びかけ
「勇者様、勇者様、起きてください。勇者様ったら!」
小さな子供の声が耳元で聞こえた。
誰だ? 親類の子供か?
この部屋に入ってくるとは、一体なにを考えているんだ。
そこまで思考が回復したとき、ロナウドは飛び起きた。
ここは南の砦。
ロナウドが寝起きしている貴賓室に、許しもなく入ってくる子供などいるはずがない。
「誰だ! 姿を見せろ!」
ロナウドはベッドの上に立ち上がって鋭い声を上げた。
部屋には明かりが一切なかった。
だが、ロナウドは寝室の配置が頭に入っている。
ゆっくりと体を沈めながら、聖剣が置いてあるベッドの足元まで移動しようとした。
「ぷぷぷ、勇者様、焦っちゃって、かわいい!」
その声はロナウドの足元から聞こえた。それも触れそうなほど近くだった。
ロナウドはとっさにベッドから飛び上がった。
ここまでの接近を許すとは尋常な敵ではない。
暗殺者か? それならば、なぜさっさと攻撃しないのだ?
さまざまな思考が頭の中を駆け巡る。
ベッドの足元に着地したロナウドは、聖剣の方へ手を伸ばした。
しかし、いくら手を左右に動かしても、聖剣があるはずの場所にはなにもない。
「あれー? もしかして、勇者様が探してるのって、これかなぁ?」
その間の抜けた声は、先程ロナウドが立っていたベッドの上から聞こえてくる。
だが、距離を置いてから声の出どころを探ってみると、それは大分低い場所だった。
子供ぐらいの背丈だとしても、寝転がってでもいないとそこから声は出せないだろう。
そのとき、パチンという指を鳴らす音が聞こえた。
一瞬で部屋が明るくなる。
それは魔道具に魔力を通したというよりも、明かりを覆っていた布を取り払ったかのような素早さだった。
だが、ロナウドはその明かりの違和感をいつまでも抱えている訳にはいかなかった。
目の前には、おかしな衣装を着せられた小さな人形が宙に浮かんでいたのである。
さらに、その人形の横には聖剣もフワフワと浮かんでいた。
「何者だ! 姿をあらわせ!」
ロナウドは叫んだ。
目の前の人形が幻覚なのか、それとも特殊な魔道具なのか、ロナウドには分からなかった。しかし、浮いている聖剣は確かに自分のものだ。
それならば、どこかに術者がいるにちがいない。
声を出してくれれば、居場所の見当くらいはつくはずだ。
「勇者様、僕はずっとここにいるけど? 誰を探しているのかなぁ?」
人形が答えた。
「お前のご主人様に話をしているつもりなのだがな。それとも、離れた場所からお前を操っているのか?」
「はぁー、僕は悲しいよ。大好きな勇者様が、きちんと僕を見てくれないなんて。僕は僕さ。さすらいの道化師カンナバーロだよ!」
「道化師カンナバーロだと?」
ロナウドはそんな名前の暗殺者など聞いたことがなかった。
これほどの手練だ。噂ぐらいは聞こえてきてもいいはずだが、人形を操る暗殺者についてもまったく知らなかった。
「そうだよ。ほら、僕の着ている服をよく見てよ」
その人形は確かに道化師の格好をしていた。
三十センチほどの体に、赤、黄、金などを織り交ぜた目がチカチカするような衣装を着て、つま先が尖ってくるりと丸まった独特の靴をはいていた。
うすい紫色の髪に、左目の下には大粒の涙が一滴描かれている。
だが、赤い口紅を塗っていても、その人形の顔はどうにも地味だった。
「カンナバーロ、お前は道化師なのか?」
「そうだよ、勇者様!」
「そのわりには、顔が少し地味じゃないか?」
「……」
「ご主人さまに、新しい顔をお願いしてみればいいじゃないか。かわいい人形の頼みならば、なんでも聞いてくれる変人なんだろう?」
「勇者様……僕にご主人様なんていないって言ってるじゃないか……。それに僕の顔は地味でいいんだよ。これは初対面の礼儀として素顔を見せただけだから……」
そういったカンナバーロの手には、半分が金色、もう半分が黒色の仮面が握られていた。
「お客さんの前に立つときには、この仮面をつけるんだよ。勇者様にも見せてあげるね」
カンナバーロが仮面を顔の近くに持ってくると、その仮面は輝き始めた。
そして吸い付くようにカンナバーロの顔全体を覆ったのである。
その瞬間、膨大な魔力が外に溢れ出てきた。
「ぐぅ、なんて魔力量だ」
「ははは、勇者様、驚いた? これが僕の完全体だよ! さすらいの道化師カンナバーロ、ここに見参!」
ロナウドは自分が後手に回っていることに苦々しい気持ちになった。
聖剣は奪われ、術者の存在を気にしながら注意を全方位に置いていたら、人形が完全体になるのを許してしまった。
このままではまずい。
なんとしても聖剣を奪い返さなければ、相手のペースをくずせそうになかった。
「勇者様、はい、これ返すね」
フワフワと浮かびながら近づいてきた聖剣はロナウドの手に握られた。
カンナバーロはなんでもないことのように聖剣を返したのだ。
「お前……お前の目的はなんだ? 私の命をねらっているのではないのか?」
「勇者様の命? なんだかそういうの暗いよねぇ。僕は勇者様の望みを叶えるためにやって来たんだよ。でも、今回は時間切れみたい。勇者様、また遊ぼうね」
カンナバーロの体が輝き始めた。
「おい! 待て!」
叫び声をあげたロナウドは、自分の体も輝いていることに気がつく。
「なんだ、これは? カンナバーロ、お前は何者なんだ!」
光が弾けたように広がると、あとにはなにも残されていなかった。
「うっ!」
ロナウドは勢いよく上半身を起こして、体にかかっていた布団をはね上げた。
左右を見渡して自分のいる場所を確認する。そこは南の砦の自室に間違いなかった。
足元には聖剣が置かれてある。手元に引き寄せて、鞘から剣身を抜いてみるが異常はなかった。
そこに寝室の扉を開けて誰かが入ってきた。
「誰だ!」
ロナウドが叫ぶと、相手が息を飲むのが分かった。
「あの……ロナウド様、朝でございます。カーテンをお開けしようと思いまして……」
それはロナウド付きの侍女だった。
「ああ……そうか。もう起きる」
「はい、すぐに支度をいたします」
侍女はカーテンを開けると、足早に部屋を出ていった。
「あれは、夢だったのか?」
そうつぶやいたロナウドだったが、道化師カンナバーロとその強大な魔力は鮮明な記憶として残っていた。




