1. 遅すぎた気づき
勇者ロナウドの一行は南の砦を拠点にして周辺の魔物狩りを続けていた。
この辺りを行き来している村人や行商人は、この数ヶ月の間に魔物の数が多くなり、凶暴化した個体もあらわれたと話していた。
昨日、実際に魔物と戦ってみたが、黒毛ヒヒが二十匹を超える群れで移動していた。
黒毛ヒヒは単独か、数匹単位で行動することがほとんどである。
それが数十匹以上の群れを作って移動しているならば、住処を変えようとしている可能性が高い。
黒毛ヒヒを始めとして、西の森にいた魔物たちは一様に飢えているようだった。
ロナウドたちの姿を見つけると、死にものぐるいで襲いかかってきたのだ。
西の森でなんらかの異変が起きていることは間違いなかった。
「ロナウド様、こちらにおられましたか」
ロナウドがその声に振り返ると、パーティーの護衛を務める魔道士の一人が部屋の入口に立っていた。
「森の調査報告が上がってきました。少しお時間を頂いてよろしいでしょうか?」
「ああ、構わない。会議室に皆を集めてくれ。報告はそこで聞くことにする」
「はい、分かりました」
ロナウドは砦の最上階にある貴賓室を自らの部屋として使い、そのフロアをパーティーメンバーや護衛・補助要員の専用にしていた。
夕飯をとってまだ間もない時刻のため、会議室へ集合をかければ主要なメンバーはすぐにでも集まるだろう。
「どうした? 他になにかあるのか?」
その場を動こうとせず、物言いたげな表情を見せている魔道士にロナウドは声をかけた。
「いえ……、森の魔物の件ではないのですが、ロナウド様のお耳に入れておいた方がよいかと思いまして……」
魔道士は恐縮しながら言葉を継ぐ。
ロナウドは無言で先を促した。
「……彼の者についての情報です。ベールにて民政官という役職に就いていることはお知らせしたと思いますが、この度、湖に湧いたアンデッドを退治したと評判になっています」
彼の者か、とロナウドはその呼び方が気になった。
それは賢者エトウのことである。
本来、護衛の魔道士にとっては、自分の身を犠牲にしてでも守らなければならない相手だったはずだ。
それが王城と教会の連絡係がついた嘘に踊らされ、一年もの長きに渡って差別的な扱いをしていたのである。
それでエトウとの関係が終わったならば、その魔道士も彼の者などという中途半端な呼び方をする必要はなかっただろう。
だが、事態は誰も予想しなかった方向へと向かったのだ。
自分たちのパーティーを抜けた後、エトウは自らが受けた差別的な扱いを王都の冒険者ギルドで告発した。
自らの受けた理不尽な扱いを主張するのは正当な行為である。
ロナウドとしても、一向に戦闘力が向上しないエトウが、パーティーに必要な存在であるとはとても思えなかった。
その結果、エトウを見下すような態度を取っていた自覚はある。
しかし、エトウの告発内容は、約一年間、報酬を渡してもらえず、宿や食事の提供もされていなかったというものだった。
それはロナウドにとって初めて聞く話だったのだ。
エトウの訴えが王国上層部に伝わると、自分たちは批判の目にさらされることになった。
さらにエトウは王都に迫るゴブリン・スタンピードを解決して王国の英雄となっていた。
この頃になると、一部の貴族から勇者不要論まで出始め、これまで行ってきた魔物討伐の任務にまで懐疑の目が向けられたのだ。
本当に魔物討伐などやっているのか、目が届かない辺境で遊び呆けているのではないか、そういった噂がまことしやかに語られていた。
力不足としてパーティーを追い出す形になったエトウと、勇者である自分の立場は逆転したのである。
その魔道士は、エトウをどのように扱っていいのか分からないのだろう。
必要以上に敬意を示すことで、勇者である自分から不興を買うのを恐れているのかもしれない。
もはやそんなことを心配するような段階ではないというのに。
「エトウの話だな?」
「はい」
「彼の力はお前も見たとおりだ。今さら私に気を使う必要などない」
「はい……。ロナウド様にお知らせしたいのは、アンデッド退治だけではありません。スケルトンフィッシュとビッグマウスの討伐を行う際、聖剣が使われたらしいのです」
「なっ、聖剣だと……!?」
ロナウドは反射的に自らの左腰に手を置いた。そこには確かに国王から授けられた聖剣があった。
柄頭に置いた左手に自然と力が入る。
「聖剣はここにある。それなのに、なぜエトウが聖剣を使えるのだ?」
ロナウドは感情を抑えているつもりだったが、我知らず低くなった声音に魔道士は体を固くした。
「数世代前の勇者様がお使いになっておられた聖剣ではないかと……」
「そんなものがこの辺境伯領にあることなど、私は聞いたことがないぞ」
「私どもも初めて聞いた情報ですが、このエーベンの地は女神様が降り立った場所といわれております。その聖剣は、エーベン公国時代から受け継がれていたものかもしれません」
エトウ、お前は聖剣までも手に入れたのか。
エトウは個人としての強さと、パーティーとしての強さをすでに得ていた。
そして、今度は聖剣の力まで得たのだとすれば、勇者である自分に価値などあるのだろうか。
自らが勇者であることを証明するためには、その強さを示していくしかないとロナウドは考えていた。
そのため、戦闘で力を発揮できないエトウは、パーティーのお荷物でしかなかったのだ。
あれはエトウがパーティーを離れる直前だったか。エトウのような者がパーティーにいるせいで、自分たちの実力まで疑われるとミレイが言ったことがある。
ロナウドはそのミレイの言葉を聞き流すことができなかった。
勇者の価値を損ねるものは排除しなければならないと思ったのだ。
それが今や立場が逆転しているではないか。
「それにスケルトンフィッシュとビッグマウスだと……。そんなものをどうやって討伐できたのだ?」
「作戦に参加していた者の話によれば、聖職者のターンアンデッドを聖剣に集めて、それを斬撃として放ったということです」
「剣へのエンチャントか……。自分以外の魔法も付与できるとはな。私にはできない戦い方だ」
ロナウドはそう言ったきり黙り込んだ。そして、つい先日行われた南の砦攻略戦のことを思い出していた。
司令官のテントで久しぶりにエトウを見たとき、ロナウドの頭の中には訓練場での無様な敗北がよみがえった。
自分を打ち負かしたエトウが不愉快で仕方がない。
彼への拒否反応は、制御するのが難しいほど強いものだった。
その後、ラナの真剣なとりなしがあったため、作戦会議の場ではエトウの話を聞くだけは聞いてやろうと頭を切り替えた。
そこで彼が提案したのは、人質の安全を最優先にする作戦だった。
エトウの言葉には説得力があり、それまで一刻も早く砦を落とすことに集中していた自分も納得させられた。
現場司令官の意向によって、エトウの作戦は残念ながら採用されなかったが、彼の分析力や判断力は認めざるを得なかったのだ。
それでもロナウドは、エトウの実力を過小評価していたようだ。
エトウの補助魔法は力のない者には有効でも、勇者の力を与えられた自分には気休め程度の効果しかないと思っていた。
ところが、エトウのバフをかけられたミレイの極大魔法は、通常とは比べものにならないほどの威力を発揮していた。
その瞬間にロナウドは大きく目を開かされた。補助魔法とは、これほどのものなのかと。
極大魔法のあまりの威力に、城壁が通路の方へくずれ落ちてきた。
ロナウドはとっさの判断で聖剣を振るい、通路がふさがれてしまうのを防ごうとしたのだが、聖剣から放たれた衝撃波は城壁や門の残骸をすべて吹き飛ばしてしまった。
周囲の騎士や兵士はその圧倒的な力に歓声をあげていたが、もっとも驚いていたのはロナウド自身だった。
エトウの補助魔法は自らの能力を大幅に向上させていたのだ。
「気がつくのが遅すぎた……」
そのとき扉を叩くコンコンという音が部屋に響いた。
ロナウドが顔を上げると、開け放たれた扉の前にミレイが立ってこちらを見つめている。
いつの間にか、報告に来た魔道士は部屋を出ていったようだ。
「ロナウド様、こちらにいましたの」
ミレイはロナウドと視線を合わせると屈託のない笑顔を向けた。




