10. 言いたい放題
「そこのあなた名前を伺っても?」
エトウは壁際に立つ男の一人に話しかけた。
「ゴシムだ」
「ゴシムさんはスラム街がどうなればいいと思いますか?」
ゴシムは答える前にエラドを見た。
エラドは憮然とした表情のまま軽くうなずきを返す。
「ここは俺たちの家だ。親父の元で家と家族を守るのが俺の仕事だ。騎士団だろうが、王国の英雄だろうが、俺たちに手を出してくる奴は許さねぇ」
ゴシムは眉間にしわを寄せてエトウをにらんだ。
「いや、そういうことを訊いているのではなくて、五年後、十年後のスラム街がどうなっているのがいいかという話です。私は民政官という仕事を与えられていましてね。その関係でベールの街について調べたんですよ」
エトウは記憶を探るように部屋の上の方を眺めた。
「ベールの人口は約二万五千人。辺境伯領では最大の都市ですね。今でも人口は増え続けています。街の中心部や住宅街となっている南地区などは再開発も進められていますね。このまま人口増加が続いていけば、十年もしないうちに住宅が足りなくなります。まぁ、建物を新しく建て替えて集合住宅などにしていけば、まだまだ需要は満たせると思いますが。しかし、目端の利く人間がいれば、スラム街の土地を開発しようとするかもしれませんよ」
エトウは護衛の男たちを見回した。
「ベール全域の土地を所有しているのは辺境伯様です。行政側が本気になれば、今すぐスラムの住人を追い出すことも可能なんですよ。それを実現できるだけの資金と武力がありますから。風向き次第では、いつそうなってもおかしくないと私は思います。一般の人たちから、スラム街が犯罪組織の巣窟と思われてしまったら、行政側は強引な立ち退きを行うための大義名分を得られるでしょうね」
エトウはゴシムと名乗った護衛に問いかける。
「もしもスラム街がそういった状況に陥ったとき、ゴシムさんは誰と戦うのですか? 工事業者を襲いますか? 開発計画を立案・実施している官僚に脅しをかけますか? 一旦計画が動き出したら、そんなことで止められる話ではないことは分かりますよね」
黙り込んだゴシムを置いて、エトウはエラドに視線を向ける。
「スラム街の開発が進めば、スラムの住人は土地も家も失い、仕事すら奪われて、ベールを追い出されるかもしれません。スラム街に向けられる厳しい目を軽視していると、そうなってもおかしくないと私は言っているんです」
「だが、それはお前の憶測だろうが」
言われっ放しのエラドはエトウに言い返した。
「そうです。こんなことは起こらないかもしれない。ですが十分に可能性がある話です。ベールの人口増加や経済発展、数年後に予想される住宅不足は本当のことです。今回の誘拐事件の影響がどう出るのかは分かりませんが、行政側が舵取りに失敗しなければ発展の流れはこのまま続くと思いますよ。そして問題となるのは、スラム街の再開発が始められたとして、あなたたちにはスラムの住人を守るための方法が見当たらないことです」
エラドは難しい表情で顔を背けている。
エトウの言っていることが、荒唐無稽な作り話とは言い切れないことを理解しているようだ。
「これはあくまで私の意見ですが、これまでと同じようにやっていくのは無理があるというか、危ないと思いますね。スラム街はそこまでひどい場所ではないということを、積極的に発信していくべきかと。私としても、再び誘拐団などがスラムを根城にするようならば、全力を持って叩き潰すつもりですよ。そのときにスラム街が多少の被害を受けても仕方がないと思います」
「グドーの一味なんぞは元からスラムの面汚しだった。あんなのがそんなにポンポンと生まれてくるかよ! スラムの住人だって、多くの者は仕事をして日々を暮らしてるんだ。なにも違いはない。それ以外にどうやって理解してもらえるんだ」
エラドは苦々しい顔で言い放った。
「まず外観でしょうね。主要道路なのに路面がガタガタ、道路沿いの住宅はボロボロ。これでは印象が最悪です。いくつか大通りを選んで、その周辺ぐらいはきれいに保つようにした方がいいと思いますよ」
エトウは、エラドの家まで来るときに感じたことをそのまま話した。
「それと、スラムの住人に必要なのは家と仕事です。路上生活は危険ですし、やはり安定した生活とは言えません。大きな建物を建てるなり、もとからあるものを再利用するかして、その中に一人用の部屋から家族用の部屋まで細かく壁で仕切りを作るんです。それで安い料金で暮らせるようにするのがいいと思いますね。王国東部にあるキースという町ですが、魔物の被害を減らすために冒険者を誘致したんですよ。そのときに冒険者の家族もすぐに移ってこられるように家を用意したんです。それが好評みたいでしたね。集合住宅には一人暮らし用の部屋もあって、きちんとノルマを達成していれば宿屋の半分以下の料金で泊まれてました。エラドさんが仕事を紹介した人たちを中心に、そういった家なり部屋なりを用意してあげると生活が安定するでしょうね」
エラドは依然として厳しい表情のままだが、エトウの話に口を挟んでくることはなかった。
エトウは緑茶で喉を潤して話を続ける。
「最後に教育です。特に子供たちの教育ですね。簡単な計算と文字の読み書きができれば、選ぶ仕事の幅が広がります。スラム街出身ということで最初は差別があるかもしれませんが、それを乗り越えて成功する者があらわれたら、スラム住民の希望になるのではありませんか? そのための先行投資だと思えば、小さな私塾を開いて勉強を教え、昼食を食べさせるぐらいのことはしてもいいでしょう」
エトウが部屋を見渡すと、壁際に待機している男たちも一応は話を聞いてくれているようだ。
いまだにエトウをにらんでいる者もいたが、先程感じた息苦しくなるほどの敵意とはまったく違っている。
「エラドさん、スラムの顔役を気取るならば、それぐらいのことをしてもらわないと、私はあなたを認めることはできません。カマランさんも、このベールの街全体を発展させていきたいのであれば、今のような場当たり的な対応ではいずれ限界がくると思いますよ。目の前の混乱のみを恐れて、未来を見ることを忘れてはいませんか?」
カマランにも嫌なことを言ってしまったと、エトウは言葉に出してから後悔したが、今さら取り消すことはできない。
「私の言いたいことは以上です。これで失礼させて頂きますね。カマランさんはどうしますか?」
「私はもう少し彼と話がありますので、乗ってきた馬車はエトウ様がお使いください」
「そうですか。それでは私はこれで失礼します」
そう言って頭を下げてから、エトウは部屋を出ていった。
☆☆☆
「好き放題言いやがって、なんだってんだ、あの男は!」
エラドは顔をしかめる。
「ふふふ、ああいう方なんですよ」
「おい、なにか書くもの持ってこい」
エラドは護衛の一人に命じた。
「ああ、私の署名ならば自前のペンがありますよ」
「いや、そうじゃねぇ。いろいろ言ってただろ?」
「はい?」
「ほれ、町をきれいにしろだの、家と仕事を用意しろだの、子供に教育を受けさせろだの」
エラドはカマランから表情を隠すように天井の隅を見ながら言った。
「ああ、エトウ様ですね」
「ああ、忘れないうちにな、書いておいてやる」
「確かに傾聴に値するご意見でしたね。実は私がエラドさんとご相談したかったのも、その話なんですよ」
「ほー、お前の方にも言いたいこと言ってたな」
「ええ、本当に。目の前の混乱のみを恐れて、未来を見るのを忘れていないかと言われましたね」
「はは、根に持ってるのか」
「いえいえ、私も年をとったなと思ったまでです」
「ふん。俺は今からだって未来を見てやる。スラムの顔役、ベールの赤鬼をなめるんじゃねぇ!」
「それ、私に言っても仕方がないと思いますよ」
エトウに好き放題言われた二人は、騎士団による掃討作戦の確認を早々に終わらせて、スラム街の未来について意見を戦わせるのだった。




