3. これからの一年
エトウたちが住み始めたパーティーの拠点は、騎士団施設のある西門付近から南門までつながる裏道に入り、三十分ほど歩いたところにある。
裏道といっても、移動に便利な通りのため通行人は多い。
道沿いには料理屋や飲み屋、宿屋などが軒を連ねており、冒険者の姿もよく見かける。
エトウは一本の路地に入ってしばらく進むと、鉄門を押し開けて拠点の庭に入った。
「ただいま」
エトウが玄関の扉を開けて家の中に入ると、肉の焼ける香ばしいにおいがした。
キッチンからは「おかえり!」というコハクの声が聞こえ、玄関口に続く通路に顔を出したソラノは「ご飯、もうすぐできる」と言って引っ込んだ。
エトウは玄関脇の一室で装備を外してリビングに向かう。
キッチンではコハクが四人分の炒め物を一度に作れる大きな鍋を振るっていた。
ソラノはその隣でスープの寸胴鍋を火にかけている。
「今日は遅かったね。夜の訓練、終わっちゃったよ」
コハクはエトウに言う。
「ああ。午前中にカマランさんのところへ報告に行ってたからな。そっちもご苦労様。彼女たちの様子はどうだった?」
「うーん。南の砦から来た女の人たちは、あんまり変わらないかなぁ。発作を起こす人もいるから、目が離せないね」
「そうか」
「でも、今日はソラノが山菜パンを手作りして持って行ったんだ。そしたら、食欲がないってこれまであまり食事を取ってくれなかった人も山菜パンは食べてた」
「へぇー、ソラノやるじゃないか」
「山菜パンはやさしい味。彼女たちにいいかと思った」
少し照れたような顔でソラノは言った。
エトウが臨時民政官に就任して間もなく、南の砦から二十九人の誘拐被害者たちがベールにもどってきた。
そのうちの何人かは、砦での戦闘において人質にされていた者たちだ。
監禁されている間、自分たちと同じ境遇の誘拐被害者が、どこかへ連れて行かれたままもどらないという経験もしている。
その者たちは砦の解放後、地下の牢屋で遺体となって発見されていた。
生き残った被害者たちは殺害現場を見た訳ではなかったが、兵士たちの言葉などから最悪の想像はしていたようだ。
次に連れていかれるのは自分かもしれないと、長期間にわたって強い恐怖を感じ続けたことになる。
その状況が被害者の精神に与える悪影響は相当なものだったろう。
南の砦が解放されて三ヶ月以上たつが、症状が重い者には回復の兆しが見えてこない。
長い目で見ながら、回復を促していく支援が求められていた。
臨時民政官の任期は一年間である。きっと長いようであっという間にちがいない。
エトウは自分が調整役だと認識していた。
専門的な知識や経験を持っている医師や牧師、長年教会の自助グループで活動していたルーリーたちが働きやすい環境を作るのがエトウの役割だった。
なにか不備がある度に、行政や騎士団との間を取り持ちながら調整していけば、犠牲者支援の仕組みは段々と強固になっていくはずだ。
サリーナ担当官という後継者もいるようだから、エトウは任期が終わるまで精一杯民政官を務めていくつもりだった。
「アモーは二階?」
「お父さんは外。お酢を買うのを忘れてたから頼んだ」
「お酢? なにに使うんだ?」
「スープ。酸味の効いた特製スープはおいしい」
ソラノがエトウの質問に答える。
「エルフの里でよく食べられているのか?」
エトウは酸っぱいスープにあまりなじみがなかった。
「うん。酸味によって食欲が増す。それに体にもいい」
「そうか、楽しみだな」
そこに玄関の扉が開かれる音が聞こえる。
リビングに入ってきたアモーに、エトウは軽く手を上げてあいさつをした。
アモーもうなずく。
エトウ、コハク、ソラノの三人が騎士団施設で働いている間、アモーには家の修繕を頼んでいた。
庭を囲む木製の垣根が所々ボロボロになっていたのだ。
ネズミかモグラにでもかじられたのか、それとも犬や猫の小便などで傷んだのかは分からないが、地面付近が腐って何ヶ所か穴が開いていた。
木材自体が古いのだろう。上から塗料を塗ったり、部分的に修繕したりするよりも、一枚ずつ取り替えてしまった方が早そうだった。
アモーは同じような大きさの木材を安く手に入れてきて、傷んだ場所を新しいものに交換していった。
最終的には垣根全体を塗り直すつもりのようだ。
何色がいいかと問われたので、コハクとソラノに選択をまかせた。
どうやら無難にレンガ色となったらしい。
今朝出がけに見たときにはまだ作業の途中だったが、素人の仕事とは思えないほどきれいに修繕されていた。
アモーに家の修繕のことを訊くと、明後日には作業が終わりそうだという。
エトウにはアモーのことで気にしていることがあった。
エトウの民政官としての仕事は、コハクとソラノが手伝ってくれれば十分だった。
その間、アモーは奴隷身分のために、ソロでギルドの依頼を受けることができない。
家の修繕や朝晩の稽古でアモーは十分にパーティーの役に立っているが、彼自身も成長できるような環境が望ましい。
エトウはこれからの一年間を見据えて、アモーに新しい提案をしようと考えていた。




