閑話 究極のアオガモ料理
数日後、究極のアオガモ料理対決が冒険者ギルドで行われた。
料理人は丸坊主の大男ダイクと、組み立て式の風除けや耐水ズボンなどの工作を得意とするブラジの二人である。
ギルドの厨房を借りて、一人一品ずつアオガモ料理を用意することになった。
審査員はエトウのパーティーメンバーとカマラン、ギルドマスターのトレモロだった。
聖剣を返却しに行った際に、カマランに料理対決のことを話すと興味を持ったようで、日程が合えば参加したいと言ってきた。
カマランからなにかを求められることなど稀なので、エトウは彼に合わせて日程の調整をしたのだ。
ギルドマスターのトレモロは、ダイクたちから審査員のメンバーを聞くと、問題が起こらないように自分が監視役を務めると言って参加を決めたらしい。
先行はダイクだった。
審査員の前のテーブルに、中型の魔道コンロが二台置かれた。
そこに厨房から二つの鍋が運ばれてくる。
「俺のアオガモ料理は鍋だ。あらかじめアオガモの脂身で野菜を焼いて、それをアオガモの出し汁と調味料で煮てある。そして、これだ」
ダイクが示した先には、薄紅色のアオガモ肉がきれいに並べられていた。
「薄切りにした新鮮なアオガモ肉を、この汁にくぐらせる。身が固くなる前に引き上げて、そのまま野菜と一緒に食べてもらおうって訳だ。つけダレは三種類用意した。定番のものだが、好みで選んでくれ」
ダイクはそう言うと、アオガモ肉を鍋に投入してフタを閉めた。
本当に少しだけ待つとフタを開けて人数分の深皿に取り分ける。
周りで見ていた観客たちから歓声があがった。
ほんのりと色づいたアオガモ肉と、鍋から漂ってくる香りには抗えない魅力があったのだ。
「さぁ、食べてくれ。アオガモ鍋だ」
エトウはスプーンで汁を一口飲んでみた。
甘い香りが鼻から抜けていく。
アオガモの脂身の甘さだろう。まったくくどさのない滋味あふれる甘さだった。
一口大に切られたアオガモ肉を、タレをつけずにそのまま口に入れる。
肉質はやわらかく、肉汁が口の中にあふれた。
「いい香りですね。いくらでも食べられそうです」
エトウは言った。
「これは手が込んでいますね。家庭料理である鍋を、ここまで洗練されたものにするとは感服しました」
カマランはダイクを褒め称えた。
「ありがとよ、じいさん」
カマランが誰か知らないダイクは、屈託のない笑顔を向けている。
このときばかりは、エトウは口の中のものを吐き出しそうになった。
恐る恐るカマランを見ると、にこにこと笑って料理を口に運んでいる。
ギルドマスターのトレモロは思いきりむせていたが、エトウは気にしないことにした。
「よし、次は俺の番だな」
ブラジが手伝いに入っている食堂の店員に指示を出すと、魔道コンロや鍋が片付けられた。
そして、ブラジ自らがワゴンに載せられた料理を運んできた。
「俺が究極だと考えるアオガモ料理は、胸肉のローストだ」
ワゴンに乗せられていた平皿が審査員の前に置かれていく。
そこには外側がしっかりと焼かれ、内側が美しい薄紅色となったロースト肉に濃い赤色のソースがかかっていた。
つけ合わせの野菜やキノコが彩りを添えている。
「アオガモの胸肉を焼いて焦げ目をつける。その後、オーブンでも焼いてある。ギュッと味が濃縮しているのが分かるはずだ。ソースは赤ワインの甘みとヴィネガーの酸味で味を整えてある。試してみてくれ」
エトウはアオガモのローストをナイフで切り分けて口に運んだ。
肉の香ばしさが新鮮だった。
この香ばしさはロースト特有の利点だろう。ダイクの鍋料理ではあまり感じなかったものだ。
その後で、脂身の甘みが口の中にしみ出してくる。
ソースの酸味は肉の香りを引き立てていた。
「おいしい! こんなに食べ応えのある鳥肉は初めてかも」
コハクは興奮気味に言った。
「これは完成された料理ですね。アオガモの焼き加減が見事です」
カマランもブラジのロースト肉に太鼓判を押した。
「それでは結果発表といきましょう。どちらの料理を選ぶかは決まりましたね?」
ギルドマスターのトレモロがそう言うと、審査員全員がうなずいた。
「まずはダイクさんのアオガモ鍋が究極だと思う人は挙手してください」
エトウ、ソラノ、カマランの三人が手を挙げた。
「そうですか。では、一応訊いておきますね。ブラジさんのアオガモ肉のローストが究極だと思う人は挙手してください」
コハク、アモー、それからトレモロ自身も手を挙げる。
「結果は同数の引き分けとなりました。甲乙つけがたい素晴らしい料理を提供したダイクさんとブラジさんのお二人に賞賛の拍手を!」
究極の料理対決を見守っていた見物人たちから大きな拍手が二人に送られた。
当初はトレモロが参加する予定がなかったため、引き分けになることは想定していなかったようだ。
ダイクとブラジは悔しがるかと思ったが、握手をして互いの健闘を称え合っていた。
「エトウさん、俺のローストは口に合わなかったかい?」
ブラジが訊いてきた。
「そんなことはありませんよ。ブラジさんのロースト肉は、味、香り、見た目すべてにおいて、非常に完成度の高い料理だと思いました」
「だったら、どうしてダイクの料理を選んだんだ?」
「一言で言ってしまえば好みですね。アオガモの旨みがたっぷりと出た汁は絶品でした。それに三種類のタレが用意されていたのもよかったです。酸味、甘み、塩味が効いたタレを食べ比べながら、自分に合った味を見つけているような楽しい気持ちになりました」
「なるほどな、そういう楽しみ方もあるか……。仕方ねぇ、なにせダイクのアオガモ鍋もうまいしな」
ブラジも納得したところで、二人は再び厨房に入った。
これから観客の注文に応じて料理を披露する予定である。
もちろん有料であるが、エトウたち審査員の反応を見た観客たちは我先にと目当ての料理を注文していた。
「エトウ様、とてもいい料理対決でしたね。今晩は招待して頂いてありがとうございました」
「カマランさん、楽しんで頂けたようでよかったです。そういえば、今回の料理対決に興味を持たれたのはどうしてなんですか?」
「ああ、妻の好物がアオガモ料理でしてね。騎士団のアンドレア部隊長と同じですよ。彼女のご機嫌伺いに、アオガモ料理は活躍する訳です。今晩覚えた料理を、早速試してみたいと思います」
「ご自分で調理される訳ではありませんよね?」
エトウは驚いて尋ねた。
「専属の料理人に手伝ってもらいますが、私も調理には参加したいと思います。妻への贈り物ですからね」
カマランはそう言って笑顔を見せた。
アオガモ料理が好物な女性は多いらしい。
アオガモの上質な脂は甘く、香り高い。
それでいて体に脂肪としてつきにくいという。
アオガモ料理はその味の素晴らしさに加えて、体型が気になる女性でも楽しめると評判なのだ。
「エトウ様を始め討伐隊に参加した方々は、トーワ湖やアオガモを守っただけでなく、私どもの夫婦仲も守ってくださったということでしょうか」
カマランは楽しそうに頬をゆるめた。
「それは光栄な話……なんですよね?」
エトウは苦笑いしたのだった。




