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4. スケルトンフィッシュ

「エトウさん、湖の近くにはギルド職員も待機しているはずだ。そのスケルトンフィッシュを持っていって報告した方がいい」

 ダイクは真剣な表情で言った。

「そんなに危険な魚なんですか?」

「エトウさんは知らないのか……。辺境伯領ではダンジョンでよく見かける魔物だ。食欲は底なし。それでいて、ただ生物の体を食いちぎるだけ。消化できないからな」

 ブラジは苦々しい表情で言う。


 エトウは剣先に刺さったスケルトンフィッシュを見た。

 全身が骨で構成されており、魚の頭、中骨と腹骨、背びれと尾びれがきちんとある。

 小さくて赤い魔石が腹骨で守られていた。

 ギザギザの歯は見ていて怖くなるほど鋭く尖っている。この歯でアオガモの足を噛みちぎったのだろう。


「こいつがあらわれた場所は、魚も鳥もなにもかも食い荒らされて、それまでの環境がめちゃくちゃになる。ダンジョンの中ならば誰も困らないが、トーワ湖にいるとなると大問題だ」

「ダイクの言うとおりだ。一番困るのは、対処法がないことだ。アンデッドらしく火魔法と光魔法が苦手らしいんだが、水の中では火魔法の効果はうすい。光魔法には広範囲に強力な効果を及ぼすようなものがない。結局は手詰まりとなる」

「手詰まりって……。こんな魔物のために、トーワ湖から魚もアオガモも消えてしまうと言うんですか?」

「……」


 これほどアオガモ料理を愛している二人が黙るということは、事態は相当深刻なのだろう。


「とりあえず、ギルド職員に報告に行きます。お二人もついてきてもらえますか?」

「分かった」

「おう、一緒に行こう」


 冒険者ギルドは湖の入り口に臨時の出張所を設けて、アオガモの買い取りや猟に必要な道具の販売などを行なっていた。

 エトウはその窓口で事情を話した。


「スケルトンフィッシュですって……?!」


 ギルド職員はそう言ったきり黙ってしまった。

 エトウが窓口に出したスケルトンフィッシュの死体を険しい表情で見つめている。


「あの……大丈夫ですか?」

「ああ、申し訳ありません。あまりの話で気が動転してしまって」


 その若い男性職員は眉間に深いしわを入れたままエトウに向き合った。


「過去にスケルトンフィッシュがあらわれた湖で、討伐が成功したことはないのですか? 討伐とまではいかなくても、被害が抑えられた事例があれば知りたいのですが」

「……私が知るかぎり、ありません。ずっと遠い昔、聖女様が湖を浄化して、アンデッドを消滅させたという話は聞いたことがありますが、それは神話のようなものですから」

「なるほど。スケルトンフィッシュがあらわれると、具体的にどうなっていくのですか? これが大量発生して、周辺の生物を食い荒らすという認識でいいんでしょうか?」

「ええ、そうですね。どの程度の早さで被害が広がるのかは、これからギルドで議論しなければなりませんが、数週間から数ヶ月のうちにトーワ湖の生物は全滅する可能性があります」


 エトウがギルド職員と話している間に、冒険者たちが集まり始めていた。

 その手にスケルトンフィッシュの死体を持っている者もいる。

 湖で起こっている事態を知り、それが深刻なものだと判断した彼らは、ギルド職員に対応を相談しにきたようだ。


 その後すぐにギルドと冒険者たちの話し合いの場が設けられた。

 ギルドは一旦アオガモ猟を中断することを提案した。

 本部の指示を仰がなければ、出張所の職員が対応できる話ではなくなっているのだろう。

 だが、冒険者の一部はギルドの提案に不満を示した。

 スケルトンフィッシュが湧いてしまった以上、今のうちにできるだけ多くのアオガモを捕獲すべきだと主張したのだ。

 議論はいつまでたっても平行線のままで、狩りが再開される目処は立たなかった。


 エトウたちは話し合いの場から離れ、ギルドが用意した大きめの寸胴鍋で湯をわかしていた。

 不毛な議論につき合っているのが馬鹿馬鹿しくなり、アオガモの下処理を終わらせてしまおうと考えたのだ。


「湯が煮えたぞ」

「じゃあ、アオガモを入れますね」

「おう」


 煮立てたお湯に首を落としたアオガモを入れる。

 自然に浮いてくるので、太い枝を使って沈めながら五分ほどつけておく。

 こうしておけば、アオガモの羽がむしりやすくなるらしい。


「しかし、これからどうなるのかね?」


 ダイクがつぶやいた。

 エトウとブラジも同じ気持ちだったが、その答えは見つからなかった。


 アオガモを鍋から上げて冷ましているときに、エトウはちょっと気がついたことがあったので湖の方に歩いていった。


「どうした?」

 ブラジがエトウに訊いた。

「ちょっと試したいことがあるんです。少しの間、ここをおまかせしていいですか?」

「ああ、それは構わないが……」

「すぐにもどってきますから、お願いしますね」


 湖のすぐ近くまでやって来たエトウは、光を発する魔道具のライトを点灯した。

 それほど高価なものではないため、エトウの周囲を照らす程度の光量しかない。

 その光に吸い寄せられるように、数匹の白い魚が水上に浮いてくるのが分かった。


「よぉし、そのままこっちに来い」


 エトウはミスリルソードを抜いて、光魔法のターンアンデッドを剣身にまとわせた。

 これまで数回しか唱えたことがない魔法だったが、試してみる価値があると思っていた。

 光を放つ剣をスケルトンフィッシュに近づけると、剣がふれた個体だけがくずれて消える。

 剣に直接ふれていない個体は、多少動きが鈍くなるくらいで効果がうすい。

 実験の結果に納得したエトウは、剣に火魔法を付与して、寄ってきたスケルトンフィッシュを全滅させた。


「実験は半分成功、半分失敗といったところか。でも、希望はちょっと見えてきたかな」


 エトウは湖を見ながらつぶやいた。

 これまで自分たちが狩りをしておいて言えた義理ではないが、夜の暗闇の中で翼を休めているアオガモを救うことができるかもしれない。


 エトウはダイクとブラジのもとにもどると、自分が狩ったアオガモの羽を引き抜き、産毛は火であぶって取り除いた。

 内臓もきれいにとって水で洗う。

 スケルトンフィッシュを刺激しないように、湖には近寄らずに水魔法を使った。


 アオガモの下処理が終わったエトウたちは、ギルド職員がベールに帰る馬車を出すというので、それに乗ることにした。

 本来であれば深夜に町に入ることはできないが、今回は守備兵と交渉して入れてもらえるようにするようだ。


 ギルドに到着すると、エトウはダイクとブラジに礼を言って別れ、ギルドの備品を少し分けてもらって手紙を書いた。

 フランチェスコ司祭、テイヤール牧師、カマラン、アンドレア部隊長、アモーへの手紙だった。


 エトウは自分の身分と手紙の送り先を教えて、夜が明けたらなるべく早く届けてほしいとギルド職員に願い出た。

 トーワ湖についての用件だと念押ししておく。

 それから騎士団の食堂で作ってもらった弁当を食べて、ギルドの仮眠室で朝まで眠った。

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