3. アオガモ猟
「矢に縄をつけるようなことはしないのですか?」
エトウはアオガモ猟の準備をしているダイクに訊いた。
「それだと矢の飛びが悪くなる。アオガモは警戒心が強く、なかなか素早い。体には当たるかもしれんが、仕留めきれんぞ。なぁ、ブラジ」
「矢で射抜いた後に、縄で引き寄せるのが常道だな。引き寄せたら、すぐに首を落として血抜きをしておくと味が落ちない」
「なるほど。アオガモは動きが速いのですね」
エトウは二人と話しながら、風魔法を付与した矢に縄をつければ、遠くのアオガモでも狩れるのではないかと思ったが、目立つのは本意ではない。
今回はあくまで休日の狩りなのだ。
狩りの成果を持ち帰って、仲間たちとおいしいアオガモ料理を味わえればそれでいい。
辺りはすでに暗くなっている。
地面からは冷えた空気が体を上ってくるようだった。
ブラジ特製の風除けがなければ、北風をもろに受けて体が冷えきっていただろう。
「ほれ、これでも飲んで体を温めておけ」
ダイクはそう言って魔道具の水筒から温かいお茶を出した。
「ありがとうございます。ふー、ふー、ああ、温まりますね」
口から入ったお茶が、喉をすぎて胃に落ち着くのがその温かさで分かった。
息を吐き出したときに、エトウは嗅ぎ慣れた匂いがした。
「これ、お酒少し入ってます?」
「ああ、ほんの少しな。寒さをしのぐ程度だ。大丈夫だろ?」
「ええ、このくらいならば、おいしいです」
胃の辺りがぽかぽかと温まってきたのは酒のせいだったのだ。
エトウはもう一口お茶を飲んで、大きく息を吐いた。
「うん?」
「どうした、ブラジ?」
「今、鳥の鳴き声が聞こえなかったか?」
「いや」
「俺も聞こえなかったです」
エトウがそう言ったすぐ後に、鳥の大きな鳴き声が辺りに響いた。
そして次第に鳴き声の数が増えていく。
やがてバサバサと翼を広げる音を出しながら、たくさんの鳥が湖に降り立つ気配が伝わってきた。
暗闇の中なので、どのくらいの数が群れているのかを見ることはできない。
「やっと来たな。遅いくらいだ。三十ほどか」
「ああ、そのくらいだろ。第一陣としては十分だ」
ダイクとブラジは、羽音や水音などでアオガモの数が分かったようだ。
「あっ、目の前の島に、一羽いますね」
エトウは声と落として言った。
アオガモの青い胸の毛は夜では見えにくいが、体の茶と白が混じった毛は近距離であれば目立った。
「よし、お前がねらえ。最初に見つけた者に権利がある」
ブラジはアオガモを見ながらエトウに言った。
「分かりました」
エトウは音を立てないように気をつけながら弓に矢をつがえた。
焦らずにねらいをつける。
ソラノ直伝の呼吸法によって体の緊張を抜き、右手が自然にタイミングをつかむのを待った。
弓から矢が放たれると、ねらいどおりにアオガモの胸に矢が吸い込まれた。
「お見事! やったな、兄ちゃん」
ダイクは縄を取り出して輪っかを作り始める。
「よし、ダイク、貸してみろ」
その縄を受け取ったブラジは、軽い投擲で縄を投げた。
すると輪っかがちょうどアオガモを囲むように小島の上に落ちる。
さすがに慣れた手つきだ。
縄を慎重に引いていくと、腹に縄がかかったアオガモを引き寄せることができた。
「兄ちゃん、アオガモの首を落として、袋にでもしまっておきな。羽をむしるのは狩りの後だ」
「分かりました」
エトウは短刀でアオガモの首を切り落とした。
血は最初だけこぼれるように出ただけだった。
短刀と矢の血を拭き取り、アオガモをギルドで借りた布の袋にしまう。
「兄ちゃん、剥ぎ取りは慣れているようだな。冒険者ランクはどのくらいだ?」
エトウの様子を見守っていたダイクが尋ねた。
「Bランクです」
「うん? 冒険者ランクだぞ?」
「はい、すいません。言ってませんでしたね。俺はBランク冒険者のエトウといいます」
「エトウって、まさか……。南の砦を奪還して、民政官になったエトウさんかい?」
「はい。どう伝わっているのかは分かりませんが、臨時民政官となったエトウです」
「こりゃ、驚いた。ずいぶんいい装備をつけてるから、いいとこの坊ちゃんかと思ってたら……」
驚かせてしまって申し訳なかったが、自分から言い出す話でもないし、訊かれたときに正直に答えようとエトウは思っていたのだ。
そこに空から、たくさんの鳥が羽ばたく音が聞こえてきた。
「第二陣がきたようですね」
「じゃあ、エトウさんに俺たちの腕を見てもらおうか。なぁ、ブラジ」
気を取り直すようにダイクは言う。
「ああ、そうだな。ふふ、しかし驚いた」
ブラジは苦笑いの表情だった。
「よろしくご指導お願いします」
エトウは二人に頭を下げた。
ダイクとブラジの腕前は見事だった。
近い距離に降り立ったアオガモを確実に狩っていく。
縄では引っ張り上げることが難しそうな場所では、ブラジがポイズンフロッグの皮で作った耐水ズボンを履いて湖の中へ入っていった。
縄で引っ張るよりも、獲物の回収が格段に早くなる。
湖にずっと入っていると体が冷えてしまうため、ズボンを履く役割は三人で交代していった。
ガァー、ガァーというアオガモの特徴的な鳴き声が、湖のあちこちから聞こえてきた。
それまでは静かな狩りだったのに、一体どうしたのだろうとエトウが思っていると、アオガモを岸に持ち上げたブラジが「これを見ろ」と指差した。
そこには足先を失ったアオガモがいた。
切り口にはギザギザの歯形がついている。
「なにかに噛みちぎられたみたいな跡だな。こんな生き物、トーワ湖にいたか?」
ダイクが首をかしげる。
「俺も聞いたことがない。新手の魔物でも湧いたのかもしれん」
エトウが歯形の跡をよく見ようと顔を近づけると、湖から岸に上がってきたブラジを追うように白い魚が湖面まで浮いてきた。
その魚は湖面から空中に滑るように浮き上がり、そのまま泳ぎ始める。
すかさずエトウは短剣で魚の首を突いた。
仕留めたのは骨だらけの奇妙な魚だった。
「それは……スケルトンフィッシュだ!」
「スケルトンフィッシュですか?」
ダイクとブラジは、短剣の先で動かなくなったその魚をじっと見つめている。
その表情は亡霊を見たかのように固くなっていた。




