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20. 急な訪問者

 エトウが就任式で着る服は、サリーナの勧めで伯爵家と懇意にしている仕立屋を紹介してもらった。

 王国の貴族や高級官僚は、女神としばしば同一視されるユクシード川を念頭に置いて、青色や緑色の服装を好む。

 エトウもその慣習に習い、派手さを抑えた淡い青色の上下を注文した。


 仕立屋は城での就任式でその服を着ることに驚き、それまでの期間がたった数日しかないことに再度驚いた。

 サリーナの紹介ということもあって、最優先でエトウの礼服を仕上げてくれた。


 辺境伯の城で行われた就任式では、ステインボルト辺境伯が見つめる中、ラボルト領主代理によってエトウは任命状を授けられた。

 目端が利く者たちは辺境伯がエトウを特別視していることに気づき、エトウの一挙手一投足に注目していた。


 今回は臨時の措置であり、任命されたのが冒険者ということもあって、就任式後の懇談会などは規模の小さいものとなった。

 エトウは貴族たちのあいさつを一通り受けると、そのまま騎士団施設に帰り、臨時民政官としての仕事に取りかかった。


 民政官という肩書きを得たことで、騎士団施設内にエトウ専用の仕事部屋が作られた。

 五号棟では男性客の扱いに困るということで、騎士団幹部の執務室がある建物内に一室が設けられた。

 アンドレア部隊長の執務室も同じ建物内にある。


 就任式から二日たつ頃にはエトウの執務室は備品が整えられ、一緒に仕事することになるサリーナ担当官の席も用意された。

 その日の午後、エトウがサリーナから報告を受けていると、面会希望者がロビーに来ていると受付の者に告げられた。


 その訪問者の名前を聞いてエトウは眉間にしわを寄せた。

 問題は解決したと思ったが、まだ終わっていなかったようだ。


「執務室まで案内してください」

 エトウは受付の者に頼んだ。

「分かりました。僭越ながら、あの方は以前にトラブルを起こしたと聞いています。護衛の騎士を部屋の中で待機させますか?」

「いえ、通常通りの警備で構いませんよ。気にして頂いてありがとうございます」

「どうぞお気をつけください」


 その急な訪問者は、執務室のソファに座った後も、エトウたちの様子を伺うように落ち着きなく視線を動かしていた。

 訪問の理由を告げる余裕もないようだ。


 エトウとサリーナの目の前に座っているのは、悩みの種であったフィリップ行政官である。

 この間のような傲慢さは微塵も見当たらず、憔悴した様子で両手を固く握り合わせていた。


「今日はどうされたのですか?」


 エトウはフィリップに尋ねた。

 いつまでたっても用件を切り出さないフィリップに業を煮やしたのだ。


 フィリップの様子がおかしいのは分かったが、こちらが心配しなければならないような人物ではない。

 それどころか民政官を拝命して支援事業を行っているのだから、今さらこの男に横やりを入れられる訳にはいかなかった。

 彼がまたやっかいな問題を起こすようならば、こちらも全力で抗うつもりだ。


「フィリップ行政官、今日ここにいらした用向きを話して頂けませんか?」


 サリーナが重ねて訊く。

 用件を言わないフィリップに、サリーナまでもしびれを切らしていた。


 すると、フィリップは急に立ち上がって部屋の中央に歩み出ると、ひざをついて額を床にこすりつけた。


「も、も、申し訳なかった。どうか、どうか許してください。お願いします。このままでは仕事にならないんです。どうも申し訳ありませんでした!」


 部屋の中にフィリップの大声が響いた。

 エトウとサリーナは顔を見合わせて、もう一度フィリップの姿を見つめた。

 彼は顔を上げることなく、こちらの許しを待っているようだ。


 エトウはフィリップを無理やりソファに座らせて、まずは事情を聞くことにした。


「エトウさんが民政官となることが決まってから、私は職場で孤立してしまいました。ステインボルト辺境伯様が、エトウさんを目にかけていることが明らかになりましたから。それに反対するような行動を取った私と一緒にいると、巻き添えを食って処分されると思ったのでしょうね」


 フィリップは素直に事情を話し始めた。

 この間のように、こちらの反応を見ながら情報を小出しにするのは止めたようだ。


「エトウさんの行動に懐疑的だった人間もいたんですよ。それが全員手の平返しです。まぁ、このエーベンで辺境伯様の意向に逆らおうとする官僚はいませんよね」


 フィリップはそう言って力なくうなだれた。

 垂れた頬肉と二重あご、突き出た腹のせいで、大きな肉の塊のように見えた。


「失礼ですがフィリップ行政官。それはあなた様の行動によってもたらされたものではありませんか?」


 サリーナはフィリップに冷たい視線を向けていた。

 エトウは目の前で肉の塊となっている男には同情するところもあるかと思っていたが、サリーナは五号棟での騒ぎを忘れていないようだった。


「ええ。もちろんです。そのために私はここに謝罪に来たのです」


 フィリップはサリーナに反論することなく、謝罪の意思を示した。

 エトウは一計を案じ、フィリップにあえて強い言葉を投げかけてみることにした。


「フィリップさん、上辺だけで謝ってもらってもなにも変わりませんよ。その殊勝な態度も嘘くさいです。この場さえ乗り切れば、どうとでもなると思っているのでしょう? あなたは自分の立場が悪くなったから謝りに来ただけだ。そこには自らの行動に対する反省などない。いい大人が反省もできないで恥ずかしくないのか!」


 隣でエトウの話を聞いていたサリーナは驚きの視線を向けていた。

 エトウがそこまで怒りをあらわにするとは思っていなかったのだろう。

 フィリップは再びうつむいたが、その体は小刻みに震えているようだった。


「……一体なんだというのだ……」

 フィリップが耳に届くかどうかという声でつぶやいた。

「はい?」

 エトウは聞き返す。

「一体なんだというのだ! なぜ私が一介の冒険者風情に謝罪しなければならない。予算の配分は行政官の仕事だ。予算の不明な使途について抗議してなにが悪いのだ!」


 フィリップはそれまで我慢していた感情を思いきり吐き出した。

 エトウのところには彼の唾が飛び、その頬肉と二重あごは盛大に揺れている。

 その姿を見てサリーナは眉間にしわを寄せてにらみつけた。

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