17. フィリップ行政官
ベール以外の町村に家があった六人のうち、シュリを除いた五人は家にもどった。
医師がその五人に後遺症の兆候はないと診断したのだ。
騎士団にも多少の余裕が生まれたようで、彼女たちの護衛に人員を割けるようになっていた。
シュリは五号棟の自助グループへの参加を決めた。
自分が体験したことや、今の正直な気持ちを話すことで、過去の記憶を克服しようとしている。
定期会合には、牧師に加えてルーリーも参加しており、被害者が告白しやすいような環境を作ったり、感情が高ぶったときに場を落ち着かせたりと、自助グループが活動を始めるための大きな力になっていた。
サリーナ担当官の提案で、シュリの家族を定期的にベールに送迎する話もまとまった。
騎士一人が護衛につき、家族が希望すれば五号棟に宿泊してもらう。
エトウはシュリを特別扱いすることにならないかと慎重になったが、他の者たちは皆ベールに家がある。
五号棟にいる他の被害者たちも賛成したことから、シュリのことを特例として認めることにした。
数日後、シュリは母親や姉と一緒に自助グループの会合に参加していた。
ちょうどその頃、キリルで保護していた十八人の誘拐被害者もベールにもどってきた。
キリルからベールへの道中は、コハク、ソラノ、アモーが護衛を務めた。
彼らは久しぶりの再会にとても喜んだという。
御者のトミーは王都へ折り返す馬車に乗ってもどっていったそうだ。
五号棟に入った被害者たちは、まず医師の診断を受けることになった。
王都から一緒に旅をして仲良くなったコハクとソラノの勧めで、特に女性被害者たちは自分の状態や胸の内を正直に話してくれた。
自助グループへの参加についても大きな問題もなく順調に進んだ。
支援計画が本格化して一ヶ月半、世間は年の瀬で新年を迎える準備をしている頃、エトウたちは被害者支援の在り方がおぼろげながら見えてきた。
年が明ければ南の砦に残る被害者がベールにもどってくる。
戦闘中に人質にされるなどのつらい経験を抱えている者たちだ。
エトウたちはその受け入れ準備に全力を尽くしていた。
そこにあんな邪魔が入るとは誰にも想像できなかったのだ。
☆☆☆
新年が明けて数日がたち、騎士団施設五号棟のロビーでサリーナ担当官が護衛騎士と打ち合わせをしていると、入口付近で誰かがもめている声が聞こえてきた。
五号棟では、事件の後遺症に悩む四人の女性被害者が、治療を受けながら共同生活を送っている。
そのため、部外者の立ち入りは厳しく制限されていた。
「おい! ここの責任者はどこにいる!」
その男は女性騎士の肩越しに叫び声を上げた。
サリーナたちは打ち合わせを切り上げて入口に向かう。
この五号棟で大声を出される訳にはいかなかった。
同僚の女性騎士ミーシャが肩を押さえて止めている男は、今も叫び続けているのだ。
「おい、そこの女! ここで被害者保護を行っている責任者を私の前に連れてこい! 私は王都から遣わされたフィリップ行政官だ。お前もいいから私の体を離せ。このような扱いをして、後になって謝罪しても許さんぞ!」
その男はミーシャの脇をなんとかすり抜けて、建物内に侵入しようとしていた。
「お待ちください。私は騎士団で犯罪被害者保護担当官を務めているサリーナ・アッシュベルトと申します。失礼ですが、あなたのお名前と、ここにいらした理由をお聞かせ願えませんか?」
サリーナの言葉でその男はもみあうのを止め、汚いものでも払うようにミーシャの手から離れると乱れた服装を直し始めた。
男が着ている鮮やかな青色の服にサリーナは覚えがある。
それは王都からやって来る高位官僚が好んで着る服装だった。
男が話を始めようとしたとき、エトウたちがちょうど建物の中に入ってきた。
「サリーナさん、なにか騒ぎがあったとか。大丈夫ですか?」
エトウはそう言って、傍らに立っている男を見た。
その男は突然の乱入者であるエトウをにらみつける。
「エトウさん、こちらの方が入口で大声を出しまして、それで現在、対応している最中です」
男はエトウの名前を聞くと、驚いたようにサリーナの顔を見て、次にエトウの顔を見た。
「そうなんですか。でも、ここで騒ぐのはまずいですね。もしお話があるようでしたら、別棟までご案内しますよ」
「ええ、それは願ってもないことです、エトウさん。私はあなたに会いに来たのですからね」
男はそう言って、エトウを見ながらにやにやと笑いかけた。
男は自分をフィリップ・ノースロッカーと名乗った。
政情が不安定となっているエーベン辺境伯領を正すため、王都から遣わされた行政官だという。
明るい金髪と焦げ茶色の瞳を持つフィリップは、あと二十キロもやせれば見栄えのする男性になるかもしれない。
垂れた頬肉と二重あご、突き出した腹は不摂生の見本のような体型だった。
年齢は四十代前半ぐらいだろう。
辺境伯領という広大な地域に派遣される行政官としては若い方なのではないだろうか。
「エーベン辺境伯領を正すとおっしゃいましたね。それはステインボルト辺境伯様や現在政務を取り仕切っているラボルト領主代理様の行いを正すということでしょうか?」
「い、いや、そうは言っておらん。あくまで辺境伯領の政治をだな。正常な状態にもどすという役割を負っているということであって、それ以上の意味はない」
フィリップはまごつきながら答えた。
「それでフィリップ様はどうしてここに? 私に会いに来たと先程おっしゃっていましたが」
エトウは単刀直入に尋ねることにした。
これまでのやりとりを考えても、まともに話ができる相手ではない。
それならば用件を早く済ませて帰ってもらった方がどちらにとってもよいことだ。
フィリップはやっと自分が望む話になったという顔つきで話し始めた。
「エトウさん。噂は聞いていますよ。この辺境伯領をずいぶんとかき回しているらしいですね。王都を救った英雄の力を振るいたいのは理解できますが、やりすぎはどうなのでしょうね。エトウさんはどういうお気持ちで動かれているのですか?」
エトウは彼の粘着質な話し方が気持ち悪かったが、それよりもフィリップがなにを言いたいのかまったく分からなかった。
「ええと、おっしゃっている意味が分からないのですが、南の砦のことですか?」
「違いますよ。そんなものはどうでもいいのです」
フィリップは不機嫌な様子でため息をついた。
顔をそむけたままそれ以上話を進めず、こちらが質問するのを待っているようだ。
エトウは段々とフィリップと話をするのが面倒になってきた。
通常であれば、話に割り込んで好き勝手なことを言うソラノは、懐から山菜パンを取り出してかじっている。
ソラノはこの話には参加しないと決めたようだ。
その直感力が自分にもほしいとエトウは思った。
「エトウさん、聞いているんですか?」
仕方なくエトウはフィリップに視線をもどす。
だが、フィリップは再び不機嫌な様子で黙り込んだ。




