12. ラボルト・レーベン
カマランが指定した面会場所は城内の図書室だった。
エトウが知りたいのは、今回の被害者支援の取り組みについて、どのように辺境伯や官僚に話を通せばいいのかということだ。
「エトウ様の取り組みについては、すでにステインボルト様からのご了承を頂いております。とんでもない予算を求めないかぎりは、このまま話を進めて頂いても大丈夫です」
カマランは、エトウが一番訊きたかったことを答えてくれた。
エトウはこの数日間でまとめた資料をカマランに見せて、取り組みが開始した直後にかかる費用の概算を確認してもらった。
「これなら問題ないでしょう。しかし、ずいぶん細かくお調べになりましたね」
「ベール大聖堂のフランチェスコ司祭やテイヤール牧師を始め、教会主催の自助グループに参加している方たちや、犯罪被害者と接する機会の多い騎士たちの話を聞いてまとめたものです。彼らは現場で働いていますから、提案が具体的なのですよ」
カマランは資料に目を通しながら、なるほどという顔でうなずいている。
「それでは、エトウ様がどうしても話を通しておかなければならない人物をお教えしましょう。臨時代理領主となられたラボルト・レーベン様と、辺境伯領の財務を司るマイヤー財務長官のお二人です。すでに騎士団とベール教会の了承を得ているのは大きいですが、この二人はなかなか難敵ですぞ」
前領主代理だったリーゼンボルトが拘束されている現在、病気がちの辺境伯は遠縁のラボルトを呼び出して臨時の領主代理にしていた。
臨時の上に代理とはなんとも分かりにくいが、緊急事態ということで話は通っているそうだ。
「財務長官のマイヤーとは私もつき合いの長い間柄です。彼は公平な人物ですので、予算額に応じた効果があると判断すれば、エトウ様の提案を無下に扱うことはないように思います。この計画書を預からせて頂くことは可能でしょうか?」
「ええ。どうぞお持ちください。不明な点があれば、騎士団施設まで使いを寄越してください」
「分かりました。私の方でマイヤーと話をしてみます」
カマランはマイヤー財務長官の説得を請け負ってくれた。
やはりカマランという人物を味方につけられたのは大きい。
それを許してくれた辺境伯にも感謝しなければならないだろう。
「問題はもう一人、ラボルト様は少々扱いが難しい御仁だと思います」
カマランこれまでにない厳しい顔をした。
「それはどのような難しさでしょうか?」
「次の瞬間、どう行動するのか読めないところがあるのです。普段は利にさといと申しましょうか。ご自身にとって損か得かを明確にしてから動かれます。では、利益だけで動くかというと、義の精神で火中の栗を拾うような真似もなされる。まさに今、ベールの臨時領主代理を務めておられるのがそのことを証明しています」
「火中の栗を拾うですか?」
「はい。現状の確認からいたしますと、リーゼンボルト様だけでなく、ステインボルト様の罪も問われることになれば、お身内であられるラボルト様がこのまま領主を続けることにはならないでしょう」
カマランは苦い顔を作った。
「そうなんですか? 遠縁という話でしたが」
「ええ。もし私が領主一族でベールの次期領主をねらっているならば、すべての片がつくまでベールからは距離をおきます。事件に無関係という印象がつきますから、領主の座が舞い込んでくるかもしれません。王国上層部がステインボルト様の影響力が残るのを嫌った場合、ラボルト様は領主の座を取りあげられる可能性が高いです」
「なるほど。今回は王国上層部も本腰を入れてくるでしょうね」
前領主代理の犯罪においては、王国騎士団が大きな動きを見せていた。
落ち着くべきところに収まらないと、騎士団の面子だけでなく王国の面子もつぶれてしまう。
「ええ、私どももそのように予想しています。そして、領主の引き継ぎが穏便に行われたとしても、そうですね、例えばあくまで臨時領主だったため、役目を終えてもらうといった対応ですね。当然、ラボルト様には落ち度がない訳ですが、それでも領主を辞めさせられたという悪い印象が残ってしまいます。こういったことは社交界において格好の話のネタです。ラボルト様が対応を間違えると、生涯つきまとう醜聞になる可能性もあります」
「なぜラボルト様は自分が損になるようなことを引き受けたのでしょうか?」
エトウはラボルト以外に辺境伯の政治に関わっていた親族の者もいたはずだと思っていた。
領主を引き受けることを誰もが断ったとしても、遠縁のラボルトが引き受ける必要はなかったのではないか。
カマランは少し昔の話になりますがと前置きしてラボルトの話を始めた。
「ラボルト様がまだ幼かった頃、子供がいなかった遠縁の者に養子に出されたのです。小さな子供にはつらいことだったのでしょう。社交シーズンに新しいご両親に連れられてラボルト様がベールに来られたときには、小さな体ながら思い詰めているような印象を持ちました」
カマランの視線は宙に留まり、当時のことを思い出しているようだった。
「ステインボルト様はそんなラボルト様を呼び寄せて、男の子が好きそうな全身鎧であったり、冒険譚が書かれた書物であったりを見せていました。エトウ様には意外かもしれませんが、ステインボルト様は子供に愛情を注いでかわいがるお方なのですよ」
正直に言えば、辺境伯が子供をかわいがっている姿はまったく想像できなかったが、カマランが言うならそうなのだろうとエトウは無理やり納得した。
「ラボルト様は大変お喜びになられて、社交シーズンが終わっても帰りたくないと申されていました。それからは毎年、この城に来るのをラボルト様は楽しみにしておられたようです。今回、ラボルト様が臨時領主代理などという役目を真っ先に引き受けてくださったのは、そのときの記憶が大きいのではないかと私は思っています」
子供の頃の恩義を忘れずに、辺境伯が苦境に陥っている今、あえて火中の栗を拾ったラボルトという男。
エトウの中では臨時領主代理という肩書きしか知らなかったその男が、段々と肉付けされていくようだった。
カマランはなにかを思い出したように笑顔になった。
「ラボルト様は、どう転んでも自分はベールの領主になれるような境遇ではないから、もしもこのまま領主になれるのならば大もうけだともおっしゃっていましたね」
カマランの笑顔はどことなく悲しそうだった。
このままラボルトが領主を続けられる可能性はあまり高くないのかもしれない。
「面白そうな人物ですね」
「ええ、なかなかの人物だと私は思います」
ラボルトがそのような人物ならば、小細工なしでまっすぐぶつかってみるのもいいかとエトウは思っていた。




