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11. 心の傷

 ルーリーの商店を出たところでテイヤール牧師とは別れ、エトウは騎士団施設への帰途についた。

 もう辺りは暗くなっており、路地の隙間を冷たい横風が抜けていく。

 エトウは厚手のコートにもぐりこむように背をかがめると、襟を立てて風を防いだ。


 もうすぐ秋も終わり、冬がやって来る。

 ベール周辺ではあまり雪は降らないと聞いたが、寒さは厳しそうだった。

 この冬をどう乗り切るかで、来年からの支援活動も変わってくるだろう。


「これからが正念場だな」


 エトウは小さくつぶやいた。




 エトウが騎士団施設の入り口を通り過ぎようとしたとき、一人の騎士が近づいてきた。


「エトウ殿、誘拐被害者の女性が、街中で気を失ってこちらに運び込まれました。もし様子を見に行かれるのであれば、彼女が保護されているのは五号棟です」

「その女性の様子はどうだったのですか? 運び込まれたときに見ましたか?」

「私は見ていません。馬車に乗せられたまま中に入って行きましたから。運び込まれたのは一時間ほど前でしょうか。今お話したことは、様子を見ていた他の者から教えられたことです」


 その騎士はエトウの質問に答えられないのが申し訳なさそうな顔をしているが、ここで情報を伝えてくれたことがありがたかった。

 エトウは騎士に礼を言い、五号棟へと足を向ける。


 建物のロビーに入ると、女性騎士のサリーナが男性の医師と話をしていた。

 話を終えた医師はエトウに頭を下げて離れていき、サリーナがこちらに早足で歩いてくる。


「エトウ殿、被害女性の一人が運び込まれました。彼女の名前はナタリー。街中で気を失って、一緒にいた母親とともに馬車で連れてこられました」

「ええ、守衛所にいた騎士から話は聞いています。もう少し詳しい事情を教えてもらえますか?」

「はい。母親の話では、ナタリーは道を歩いていて突然叫び声をあげたそうです。すぐ近くに停車した馬車を見ていたということでしたが、原因ははっきりと分かっていません。その後、騒動になったため、近くにいた騎士が駆けつけました。母親から事情を聞いた騎士たちは、二人を馬車に乗せてこの五号棟まで連れてきたのです」


 緊急事態にもかかわらずサリーナは落ち着いていた。

 彼女は被害者を保護するという騎士としての責任を果たそうとしている。


「なるほど。すぐに保護できたのは不幸中の幸いでしたね。ナタリーさんの容態はどうですか?」

「奥の部屋に寝かせていましたが、先程目が覚めたようです。医師と母親がつき添っているため、今のところ心配ないかと。近くにはコハク殿とソラノ殿にも残ってもらっています」


 コハクとソラノは、ギルドの仕事が早く終わったら女性被害者たちの様子を見にいくと言っていた。

 あの二人がついていれば、ひとまず安心だろう。


 エトウが近くのテーブルで話の続きを聞いていたところ、建物の奥から女性の叫び声が聞こえてきた。


「いやー! 来ないでー!」


 そのあまりにも悲痛な声に、エトウは腰を浮かして通路の奥をのぞきこんだ。

 そこでは、ソラノが暴れる女性を後ろから抱きかかえていた。

 コハクは通路をふさぐようにしながら、女性を落ち着かせようとしている。


「嫌だ、怖いの。あんなことはもう二度と嫌なのよ。お母さん、馬車が停まったの。それでそこから手が伸びてきて……。いやー!」

「ナタリーさん、落ち着いて。大丈夫だから」


 コハクの言葉はナタリーにまったく届いていない。

 エトウは叫び続けるナタリーに素早く近づき、デバフ効果のスロウをかけた。

 彼女の動きがゆっくりとなる。


「今のうちに拘束するか、眠り薬を嗅がせるかした方がいいと思います。このままでは彼女が傷つく恐れがあるので」


 エトウは部屋の入り口にいた医師に早口で言った。

 その後、医師がナタリーに眠り薬を飲ませて事態は一旦収拾した。

 意識を失ったナタリーを担架に乗せて部屋の中へ運び込む。


 ナタリーが飛び出してきた部屋の近くに、見覚えのある年配の女性が立っており、エトウたちに頭を下げた。


「以前、ここに相談に来られた方です」


 サリーナがそっと教えてくれたので、エトウも思い出すことができた。

 その女性は、娘が夜中に目を覚まして叫び声をあげるのを心配していた。

 そのとき話に出ていた娘がナタリーだったようだ。


 エトウは医師に事情を尋ねた。

 五号棟に運び込まれたナタリーが目を覚ましたので、医師は話を訊こうとしたそうだ。

 だが、彼女は突然なにかを思い出したように混乱状態となって、医師を突き飛ばしたという。

 そして、医師が倒れ込んだ隙に部屋から逃げ出そうとしたのだ。

 傍らにいた母親のことは、まったく視界に入っていなかったようである。


 部屋の外にコハクとソラノが待機していたのは幸運だった。

 大きな物音に警戒を強めていたソラノは、すぐさまナタリーを捕まえることができた。


 今晩は護衛をつけてナタリーの様子を見守るというサリーナを残し、エトウたちは宿舎にもどった。


「これだけ時間がたっていても、急にあんなふうになるんだね」


 コハクがそう言ったきり、三人とも言葉少なだった。

 半狂乱になって叫ぶナタリーの声がまだ耳に残っている。

 エトウは被害者の受け入れ態勢を早く整える必要があると感じていた。




 それからしばらくの間、エトウはテイヤール牧師やルーリーに紹介してもらう形で、教会の自助グループを支えているメンバーに会っていった。

 これから受け入れ態勢を整えていく中で彼らの協力は欠かせない。

 支援活動に足りていないものも訊き出して、行政への要望を詰めていった。

 自助グループを長年支えてきた者たちの提案は、どれも具体的で説得力があった。


 ベール行政への陳情は、ステインボルト辺境伯の執事であるカマランに相談する予定だ。

 テイヤール牧師や騎士団のアンドレア部隊長に聞いたところ、カマランはただの執事ではなくて辺境伯の右腕ともいえる存在のようだ。

 辺境伯の体調が思わしくないときには、カマランが一切の窓口を務めることもあるらしい。


 そんな人に図書室の案内を頼んでしまった。しかも本まで選んで持ってきてもらったとエトウは頭を抱えた。

 だが、この際とことん頼りにさせてもらおうと彼との面会約束を取り付けたのだ。

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