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9. フランチェスコ司祭

「賢者エトウ様ですね」


 あいさつもそこそこに相手の勧めに応じて腰を下ろしたエトウは、フランチェスコ司祭にそう尋ねられた。

 司祭の目は喜びに輝いており、憧れの勇者に出会った子供のようだ。


「はい。はい?」

 中途半端な答えを返してしまったエトウには構わずに、司祭は深くうなずいた。

「やはり! 以前王都でお見かけしたことがあります。こちらには勇者様と?」

 司祭はエトウがあまり話したくないことを訊いてきた。

「いえ。今は勇者様のパーティーから距離を取っていまして……。そういったこともあって、賢者と呼ばれるのは困ります……」

「そうですか。少し前に、真偽が分かりかねる噂が出回りましたが……事情がおありなのでしょうね」

 司祭はそう言って勇者関連の話をすぐに止めた。


「今回の犯罪被害者支援の件ですが、我々女神教会においても、日常生活や社会生活にうまく復帰できない者たちを集めて、自助グループを作っています」


 司祭はもはや先程までのような軽い口調ではなく、思慮深い責任者としての表情を見せていた。

 頭の切り替えが早すぎないかとエトウは戸惑いながらも、司祭の話にうなずく。


「自助グループとは、被害者がお互いに相談できるような集まりですか?」

「ええ。ですが、なかなか自分の話を他人にするというのは難しいものでして、ここにいるテイヤール牧師などが間に入って、話しやすい環境を作ってあげるのです。自分の体験をお互いに話していくと、そこに連帯感や信頼感が生まれます。そして、自助グループが安心できる場所なのだと思えるようになれば、事件のつらい記憶についても言葉にできる人が増えていきます。大切なことは、そうした会合を繰り返し行うことで、事件のことを振り返っても自分の感情を制御できるようになることです」


 テイヤール牧師も司祭の隣で深くうなずいている。

 自助グループの会合が開かれる際には、司祭や牧師が必ず参加して様子を見守るという。

 聖職者の他にも、過去に自助グループに参加して立ち直った者たちが、会合のまとめ役を引き受けているようだ。


 会合の導き手をおくことで、参加者の対話を望ましい方向に誘導していくのだろう。

 エトウは、過去に困難な状況を克服した者たちが、自助グループの活動に協力していることに興味を持った。


「協力者は民間の方なんですよね?」

「そうです。彼らは自分たちが救われた恩返しだと言って、無償で協力を申し出てくれます。私たちが少ない人員で自助グループの活動が行えているのも、彼ら協力者のおかげです」

「なるほど。私たちは教会の自助グループを目標にして、独自のものを騎士団施設内に作ろうと考えています。それというのも、今回の事件で被害にあった者たちの数が多いためです」

「どのくらいの方たちが被害にあったのか、お伺いしてもよろしいですか?」

「誘拐被害者の総数は、行方不明となっている者も合わせると、百人を超えるかもしれません」

「それほどの人数だったのですか……」


 司祭は顔を曇らせた。

 ベール全域で活動している教会組織であっても、自助グループはさまざまな活動のうちの一つにすぎない。

 百人以上の被害者を受け入れるのは困難だろう。


「ええ。今回は前領主代理が深く関わった事件のため、行政側も無視できないでしょう。騎士団も私たちに協力的です。この機会を活かして、被害者支援の仕組みを作りたいというのが私の考えです。司祭様にも、是非協力をお願いできないでしょうか」

「テイヤール牧師から、エトウ様のことや支援活動のことを聞いております。ベール教会はできるかぎり協力させて頂こうと思っていますよ」

「ありがとうございます!」


 エトウは司祭の手を取って感謝の意を示した。

 司祭は、エトウが独自の自助グループを作ったときに、牧師を派遣して相談に乗ってくれるという。

 将来的には、教会の自助グループとの連携も視野に入れていくことが決まった。

 また、民間の協力者のうち、中心的な役割りを担っているメンバーも紹介してくれるようだ。


 エトウは、司祭自らが面会してくれたこともそうだが、あまりに好意的すぎないかと思い始めた。

 こんなときに、落とし穴があるのではないかと心配するのがエトウだった。


「あの、少し訊きにくい質問なのですが、支援活動に協力してくださるのは、私が賢者だからでしょうか?」


 いつになるか分からないが、エトウはいずれベールを離れることになる。

 支援活動の中で自分の存在があまりに大きくなりすぎると、エトウがいなくなったときに空中分解しかねない。

 これは今ここで確認しておかなければならないことだとエトウは思った。


「もちろんそれもあります。女神様がお選びになった賢者様がされることですから、我々が協力するのは当然だという思いですね。しかしそれだけではありませんよ。エトウ様の計画は誰が聞いても意義深いと言うでしょうが、鍵となる人物がいなければ実現が大変難しいものです。もしも領主様や騎士団の協力がもっと得られていたならば、教会は自助グループに携わる人員を増やすことができたでしょう。予算、情報、権限、それから被害者に対する知識と経験を持った人材。必要なものがなかなか集まらないのです。そういった意味で、私はエトウ様の活動に大いに期待させてもらっています」


 エトウが見るかぎり司祭には裏表もなく、言葉通りの考えで行動を決めたようだった。

 テイヤール牧師も笑顔でエトウを見つめている。


「フランチェスコ司祭様、ありがとうございます。この取り組みが成功するように、精一杯努めさせて頂きます」

 エトウは立ち上がり深々と頭を下げた。

「ええ。よろしくお願いしますね」

 司祭はそう言うと、静かな川面を思わせるような穏やかな目でエトウを見た。


「あ、それともう一つ、お願いがあるのですが」

「お願いですか。どんなことでしょうか?」

「様付けで呼ぶのは止めて頂けませんか? 司祭様にエトウ様と呼ばれると、その……困ります」

「ははは。分かりました。ではこれからはエトウさんとお呼びしますね」


 一瞬、意表を突かれたような顔をした司祭だったが、笑いながらエトウの願いを聞き入れたのだった。

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