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8. ベール大聖堂

 誘拐被害者支援活動における騎士団の窓口を、女性騎士のサリーナにまかせる話は、アンドレア部隊長に一任することになった。

 騎士団内の人事にエトウが口を出すことはできないが、部隊長ならばこちらの希望に沿った形でまとめてくれるはずだ。

 騎士団に窓口ができるまでは、エトウがつなぎ役として前面に出るつもりだった。


 次は支援活動の柱の一つである教会との接触である。

 エトウは今回の取り組みで知り合ったテイヤール牧師と面会するために、町の中心部に建つベール大聖堂へと向かっていた。


 ベール大聖堂は、長い歴史を持つこの町を象徴する建物の一つである。

 女神教の信者が聖地を目指して行脚する巡礼路にも入っており、毎年多くの信者たちが訪れて祈りを捧げていく。

 辺境伯領の教会をとりまとめる役割も担っており、女神教の布教活動における中心地になっている。


 今日もコハクたちは、ギルドの依頼を受けて町の外に出かけていた。

 このまま自分だけが冒険から離れていると、実戦で足手まといになるのではないかとエトウは本気で心配している。

 朝晩の訓練を真剣に取り組んでいるのも、その危機感のあらわれだった。


 だが、今朝の訓練のときに、アモーがエトウの護衛につくと言い始めたのには驚いた。

 フレデリーク大橋の爆破に帝国の影があることを話したことが原因だった。


 確かにアモーが護衛についてくれれば安心である。

 ただ、冒険者が顔も見えない敵の影を恐れて、街中を一人で歩けないというのは情けない。

 エトウはアモーの提案に感謝しつつも、護衛を断ることにしたのだ。


 しかし、アモーのように冷静沈着な男から護衛するなどと言われれば、それほど危険な状況なのかと不安になってしまう。

 昨日まではなにも考えずに街中を歩けていたのに、今日はキョロキョロと周囲を気にしながら人通りの多い道を選んでいる。


 先程は鳥の影に反応して咄嗟に物陰に隠れてしまった。

 後ろを歩いていた老夫婦が何事かと左右を見回していたが、こんな街中で弓矢など飛んでくる訳がない。

 恥ずかしさを通り越して、老夫婦に申し訳なかった。


 それ以降も、路地から飛び出してきた子供に驚かされ、正面から歩いてくる目つきの悪い通行人を過剰に警戒するなど、注意力が空回りしすぎてエトウは疲れてしまった。


「アモーが護衛するなんて言い出すから……」


 エトウはぶつぶつ言いながら歩く。

 パーティーメンバーに情けない姿を見られずに済んで、ほっとする気持ちもあった。


 ベールの中心部に出ると、辺境伯の城へと続く大通りを進んでいった。

 左手に何本もの尖塔がそびえ立つベール大聖堂の姿が目に入ってくる。


 ベール大聖堂が建設されたのは今から百年以上前、エーベン公国時代である。

 その後、ベールの支配権はエルベン帝国からカーマイン王国へと移るが、ベール大聖堂は三つの国を経ても変わらずに信仰を集めてきた。


 それぞれの尖塔は、その時代にベールを支配していた王族や貴族の寄進によって建設されたものだ。

 エーベン公国の貴族が寄進した塔もあれば、エルベン帝国の皇帝が特別に建設を命じた尖塔もある。

 王国領となった現在でも、新しい尖塔の建設は続いていた。


 エトウがベール大聖堂に続く大階段の前で足を止め、その荘厳な外観を眺めていると、テイヤール牧師が入り口から階段を降りてきた。

 どうやらエトウを待っていてくれたようだった。


 エトウは手でそれを止めて、自分が階段を上がっていくと体の動きで示した。

 牧師とは距離が開いていたので、大声を出すのを遠慮したのである。

 うなずいた牧師も、身振り手振りで自分はここで待つとエトウに伝えた。

 長身痩躯で手足の長い牧師がそれをすると、案山子が意思を持って動き出したように見える。


「エトウさん、ようこそいらっしゃいました」


 エトウは彼に初めて会ったときから、牧師というよりも研究者であるかのような印象を持っていた。

 その瞳の輝きは、王国魔法士団のピューク団長を連想させたのである。

 テイヤール牧師が、ピューク団長ほど知識に貪欲でなくてよかった。

 もしそうならば、彼に被害者たちをまかせるのが心配になるところだ。


 テイヤール牧師にはすでに訪問の理由について伝えてある。

 被害者支援の取り組みへの協力要請と、教会の自助グループについて教えを請うためだ。


 エトウは牧師の案内でベール大聖堂の中に足を踏み入れた。

 ずっと先まで長いベンチが並べられ、正面上部には円形の巨大なステンドグラスが見える。

 そこには女神に頭を垂れる勇者が描かれていた。

 王国では代表的な宗教画である。

 高い天井を見上げると、そこにも人々の前にあらわれて慈悲と恵みを与える女神の姿があった。


 エトウは宗教画の意味というよりも、人の手が作った建築の粋や芸術的な美しさに目を奪われていた。


「素晴らしいステンドグラスですね。これほど色彩豊かに描かれた女神様は、なかなかめずらしいのでは?」

「ええ、そうですね。聖地へ巡礼に行かれる方々も、礼拝堂で熱心に祈ってから巡礼の旅に出発されますね。大神殿の祈りの場には大きな彫像が置かれていまして、ベール大聖堂のステンドグラスと一緒に見どころとなっているそうです」

「見どころですか? 旅行者のような言い方ですね」

「巡礼者も人間です。面白いものや見事なものを見れば、楽しい気持ちにもなるでしょう。その中から信仰の心を見出すことが大切かと」

「含蓄のあるお言葉ですね」


 エトウはテイヤール牧師の考え方に好感を持った。

 教義やしきたりによって自らを律するのも聖職者の在り方かもしれないが、人々に寄り添って教え導いていこうとするならば、彼くらいの柔軟な考え方が望ましかった。


「ああ、いけません。エトウさん、こちらにどうぞ。フランチェスコ司祭がお待ちです」

 テイヤール牧師は礼拝堂の右の壁を伝って先へ先へと進んでいった。

「あの……テイヤール牧師。私は司祭様とお会いするのですか?」

「はい。当初は私がエトウさんにご説明するつもりだったのですが、フランチェスコ司祭様がどうしてもエトウさんにお目にかかりたいということで。ご迷惑でしたか?」


 迷惑か、迷惑じゃないかと問われれば、こちらが望まない偉い人と会うのはいつだって迷惑なのだが……。

 しかし、協力を求めに来て、自分のわがままを通すわけにはいかない。

 ここは無理してでも笑顔で承諾するべきだろう。


「いえ。是非お目にかかりたいですね。ちなみにそのフランチェスコ司祭様というのは、このベール大聖堂の……」

「はい。このベール大聖堂ならびに領都ベールにおける女神教の最高責任者です」


 テイヤール牧師は当然のことのようにそう言った。

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