15. 攻城戦
作戦開始を前に、エトウは南の砦を一望できる高台の上にいた。
弱い風が真正面から吹いている。
エルフ弓兵隊にとっては逆風となるが、横風に比べて左右に矢がぶれにくい。長距離の射撃には悪くない風向きだった。
すぐ近くで弓の調子を確認しているソラノたちには、すでに補助魔法をかけて準備を済ませていた。
第一の門付近には、アモーが加わる破城槌隊と、コハクやラナがいる突撃部隊が待機している。彼らへのバフも終えていた。
「それでは作戦を開始しますか。ロナウド様、ミレイ様、あなた方へのバフはまだでしたね。まずはバトルスペルの魔法をご自身でかけてください」
ロナウドとミレイはエトウの言葉にうなずくと、身体能力強化の魔法をかけた。ミレイの魔力操作は相変わらず見事なものだった。
これほど精緻で繊細な魔力操作を行う者が、どうしてあんなに性格が悪いのだろうか。エトウは表情にはまったく出さずにそんなことを考えていた。
「……はい、けっこうです。ヘイスト。ストレングス。マジックフォース」
エトウは淡々と作業をこなしていく。
「あなた、今、一度の魔法で私たち二人を――」
「これで大丈夫です。よろしくお願いしますね」
ミレイが驚いた顔でなにか言いかけたが、エトウはすぐに言葉をかぶせた。
そのことについては答える気がないと意思表示をしたのだ。
それを察したミレイは渋い顔をすると、ぷいと顔をそむけたきりなにも言ってこなかった。
エトウの右手には宝珠が握られている。
その宝珠には補助魔法を広範囲に届ける力があり、その範囲内にいる者は何人でもバフ効果が得られるのだ。
エトウは戦術上重要な道具である宝珠について、ミレイに説明する気はなかった。
ロナウドとミレイは手を握ったり広げたりしながら、自らの体に起きた変化を確かめている。
「ミレイ、行くぞ!」
ロナウドが声をかけると、二人は城門に向かって駆け出した。
瞬く間に第一の門に到着したロナウドは、聖剣を構えて城壁からの弓矢や魔法をはじき返す。
その後ろでは、恐ろしいほどの魔力を体内で錬成しているミレイが右手を前に突き出した。
「世のことわりすら焼き尽くせ、ヘルフレイム」
ミレイが魔法の詠唱を終えると、漆黒の炎が第一の門を覆い尽くした。
ミレイの極大魔法は、門の破壊どころか、城壁ごと敵兵を殲滅したのだ。
すべてが焼き尽くされて、ほとんど煙すら出ない。
城門を形作っていた石材が連絡橋の方にくずれてきたが、ロナウドの剣技によってまとめて吹き飛ばされた。重量のある石材が空を飛び、湖に沈んでいく。
「今だ、ラナ、タイミングを逃すな!」
ロナウドが叫ぶと、待機していた突撃部隊が連絡橋を走り出す。
ミレイの極大魔法のおかげで、エトウのいる高台からもラナ、コハク、ナル、ニーの姿がはっきりと見えた。
彼らは迅速さが命の部隊だ。このまま駆け抜けてもらわなければ、人質を救うことはできない。
ここでエルフ弓兵隊も動きを見せた。
ミレイの極大魔法によりほとんど煙が出なかったため、第二の門までの視界は良好である。
彼らの超長距離射撃は、瞬く間に第二の門の敵兵を沈黙させた。
「ソラノ、サニーさん、そろそろお願いします」
エトウは二人に声をかけた。
「うん、まかせて」
「おう、俺の腕前をよく見ておけ」
ソラノとサニーが取り出したのは、太さが通常の二倍ほどもある矢だった。
エルフの手によって作られ、エトウが複数の魔法をエンチャントした特別製である。
二人が放ったその矢は、第一の門を超えて、第二の門の城壁に深々と突き立った。
「よし、いけますね」
エトウは拳を握ってうなずいた。
「続けていくぞ!」
「うん、サニーに合わせる」
その太い矢が、二本、三本と間隔をあけて城壁に突き刺さっていく。矢は次々に追加されて、城壁の上までつながっていった。
それを見届けたラナたち突撃部隊のメンバーは、連絡橋を走り抜けてきた勢いのまま、矢で作られた壁の足場を駆け上がっていく。
先頭をいくラナは数歩で城壁の上に登ると、陰に隠れてエルフの矢をやり過ごしていた敵兵を斬り捨てた。
「コハクちゃん、縄を下ろしてあげて。ナルさんとニーさんは、左手の敵兵を抑えて!」
「了解!」
城壁の出っ張りに縄をきつく結ぶと、コハクは下に声をかけて縄を投げ落とした。そしてラナの戦う姿を見つめる。
ラナの持つ剣はとても細かった。敵が思いきり剣を叩きつけてきたら折れてしまいそうである。
だが、そもそも敵の斬撃などラナにはまったく届かない。
木立の間を風が吹き抜けていくように、ラナは敵兵をすり抜けていくのだ。
すると、その後で敵がバタバタと地面に倒れ込む。
コハクには、ラナがどうやって敵を倒しているのかを見極めることができなかった。
「これが剣聖の剣術……」
コハクはつぶやいた。
「コハクちゃん、陣地の確保、お願いね!」
ラナは人質たちと一緒にもどってきた。
「はい、了解です!」
ラナの動きを見たコハクの声があらたまる。
「ふふ、コハクちゃん、大丈夫よ。敵はここに戦力を集中できる状況ではなくなるわ。すぐにね」
コハクが戦場の空気に当てられて緊張していると思ったラナは、安心させるように笑みを浮かべた。
第二の門の前には聖剣を持ったロナウドが立っていた。
ラナたちが城壁の上に陣地を作ったことを確認すると、一歩踏み出して目の前の門を見上げる。
「私も、自分の役割りを果たさなければな」
ロナウドは体を半身にして、白銀に輝く聖剣を後ろに引いた。
「聖剣よ、我が求めに応じ、敵を貫く刃となれ、ライトニードル!」
第二の門に向けて突き出された聖剣から鋭い光が放たれた。
その光は門を一瞬で突き抜けて、そのまま先の石壁まで貫きとおし大穴をあける。
「なんという威力だ……」
必死で勇者の後を追って来た騎士が、唖然とした表情でつぶやいた。
ロナウドは門の内側に入り込むと、残った敵兵を片っ端からなぎ倒していく。
ラナの言葉どおり、もはや敵兵は第二の門を奪い返すような余裕はなくなった。
ロナウドによって城門付近にいた部隊は壊滅状態に陥ったのだ。
「他の兵が門を潜りやすいように、少し広げるぞ!」
第二の門まで駆けつけたアモーが叫ぶ。
「おう!」
破城槌隊の面々も応じて、門の残骸に破城槌を打ちつけていった。
高台からその光景を見ていたエトウは、これで攻城戦の山場は過ぎたと息を吐き出す。
ロナウドは作戦会議のときに話していた剣技とは違うものを使ったようだった。
おそらくはミレイの極大魔法や自分が剣を振るった感覚から、当初予定していた剣技では威力が出過ぎると判断したのだろう。
ああいった戦闘センスは天性のものだとエトウは思った。
「今が攻めの好機! 我に続け!」
ロナウドが声を上げて聖剣を頭上にかざす。
「おおー!」
連絡橋を渡って来た騎士や兵士たちは、野太い雄叫びを上げながら、ロナウドの背中を追うように砦内へと攻め込んでいった。




