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転生幼女な真祖さまは最強魔法に興味がない  作者: 深田くれと


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前門の虎、後門の鬼

 ヴィヨンの町の入り口。

 門番のフワマルは、平べったい体をふよふよと空中に浮かべて任務に励んでいた。

 奇怪な紋章が描かれた真ん丸の頭。服は黒いスーツに似ている。

 目や口はなく、顔のパーツははっきりしない。腕と足らしきものが二本。

 彼は、鋭い看視力で悪人を見抜き、場合によっては拘束する。

 長い間、ヴィヨンの町を守ってきた実績をプルルスに評価され、数週間前に、雀の涙ほどだった給料が一気に増えた。

 彼の密かな自慢である。

 元々、部下を道具のようにしか見ていなかったプルルスが、心を入れ替えたという噂は本当だったのだ。

 フワマルは、増えた給料で自分の体の依り代を買った。

 フワマルは霊体であり、寄生する依り代が必要なのだ。今、ここに浮いている霊体はいくら死んでも再生できるが、依り代が壊れては消滅する。

 依り代となる魔石は非常に高価で滅多に交換ができない代物だ。実際、耐用年数を30年も越えた依り代には常に不安があった。

 そこで、この機会に思い切って依り代を三つに増やした。

 一つは大切に隠れ家に。

 そして給料に報いるため、二つは現場に投入した。

 おかげで、フワマルの隣には幾分小さな、フワマル2号が浮かんでいる。2号は、フワマルであってフワマルではない。けれど、意識は共有している。


「ねえ、兄ちゃん。僕らって役に立ってるのかな……」


 2号が不安げに言って速度を落とした。

 先日、ヴィヨンに奇怪な黒い化け物が現れた。それも五匹も。禍々しい気配を放つ彼らはとても強く、フワマルのタッグ攻撃では歯が立たなかった。

 さわさわと木の葉がこすれるような声で何か言われたが、きっと悪口だったろう。


「もちろんだ、2号。失敗はあの一度……いや、もう一回あったな……」


 嫌な記憶を思い出した。

 エルフのヴァンパイアがやってきて、「通さないと殺すけど。あと誰かにしゃべっても殺すから」と恐ろしい剣幕で脅迫されたのだ。

 門番に立ってから、脅迫したことはあっても、あからさまに脅迫されたことはなかった。

 並のヴァンパイアではなかった。放つプレッシャーの前に、即座に心が折れたのだから。

 思わず舌打ちが漏れる。苦い経験だ。


「こんなに通行者がいるのに、わずか二回の失敗だけだぞ。すごいことだ」


 フワマルはそう言って、2号の周囲を元気づけるように何度も回る。

 が、また嫌な記憶が蘇った。

 2号が産まれる前の話だ。『鎧の三姉妹』を名乗るやつらがやってきた。

 いかにも怪しい三人組。

 どうしても顔を見せない三人目に近づいたところ、突然、体に衝撃を受けて、気を失ってしまったのだ。

 まったく動きが見えない恐ろしい攻撃だった。

 気がついたあと、急いでプルルスに報告したが、「いいよ、いいよ、別に。いつもありがとうね」と、拍子抜けするほど簡単に許してもらえた。

 あの事件が、仕事にケチがつき始めたすべての始まりだった。

 三度も意図しない通行を許してしまった。


「ねえ、兄ちゃん、あれ止められるの?」

「うーん、あれは……無理だな」


 フワマルは2号の言う『あれ』に視線を向けた。

 城壁より背の高い紫色の山があった。その山は、今日もじりじりと門に向かって近づいてくる。

 数時間前、王国騎士団が戦闘を挑み、完膚なきまでにやられて撤退した。彼らは現在、手当をしながら外壁の上に登り、為す術もなく山を睨んでいる。

 情報を耳にした民衆も外壁に登り、そして声を失っている。

 さもあらん。あんなに巨大なモンスターは初めて見た。地鳴りのような音がだんだん近づいてくるという恐怖。

 様々な色のブレスを吐きつつ、剣や弓も効かない。まさにモンスターという言葉がぴったりだ。


「仕事……残ってくれるかなぁ。再就職とか嫌だなぁ」


 フワマルは小声でつぶやき嘆息する。

 巨大モンスターは間違いなくヴィヨンを目標に定めている。

 止められなければ、守るべき門が消える。

 でも、フワマルの仕事は門番。最後まで逃げるわけにはいかない――


 そう覚悟を決めたときに、上空から影が舞い降りた。



 ***



 プルルスがディアッチの肩から飛び降りる。

 外壁の上から、「教祖と嗜虐翁が来たぞ!」と畏怖にも恐れにも聞こえる声が響く。

 それは音のうねりとなって、瞬く間にギャラリーの端に広がっていった。

 プルルスはそんなことに興味を持つ風もない。

 彼にとってはギャラリーが何万人いようがどうでも良いのだ。

 けれど、ちょうど同じタイミングで現れた人物を見て、大きく目を見開いた。


「やあ、エルゼベート、こんなところで会うとは」

「げっ、プルルス、なぜこんな前線にいるのよ」


 真夜姫エルゼベートは、心底嫌そうな顔をして、プルルスを睨んだ。

 プルルスは質問に答えず言う。


「君がここにいるってことは、『あれ』に関係があるんだね」

「うっ、ち、違うわ……町が襲われそうだから、私の力がいるだろうって思ってよ」

「へえ、最古参のヴァンパイアが他人の町まで守るほど優しかったとはね」

「余計なお世話よ」


 エルゼベートはそう言って、あたりをキョロキョロ見回した。


「ああ、主様ならもうすぐ来るよ」

「うっ――」

「大丈夫、大丈夫。軽いお仕置きで済ませてくれるはずだから」

「プルルス様、お戯れはほどほどに。今は町を守りませんと」


 ディアッチが鼻から息を抜く。

 そして、エルゼベートの方に視線を向け、低い声で言った。


「ご助力願いたい。貴殿はあのモンスターをご存知か?」


 その真摯な声に、エルゼベートの表情が引き締まる。

 彼女がゆっくりと近づいてくるモンスターを睨む。


「ヒュドラでしょう。ただ……」

「何か、気になることが?」


 エルゼベートの顔が険しくなる。「いえ、とりあえず、攻撃してみないと」と早口に言い、腰の『真夜』を抜いた。

 途端に、『真夜』が黒い瘴気を放ち、弓の形に変化する。

 形状を変化させられるレガシーの本領発揮だった。

 プルルスが目を細めて眺めながら、


「体調が悪いなら、僕らがやるけど? 少し痩せたんじゃない? 顔色悪いし」

「全部、あなたのせいよ」


 恨めし気に言ったエルゼベートが矢をつがえる。

 同時に、ディアッチが両刃の斧を、プルルスが杖の先をヒュドラに向けた。


「弓術――ルーナ」

「会心剣」

「聖魔法・スティグマ」


 矢が白光の残滓を残しながら空中を滑る。ヒュドラの頭が音を立てて爆ぜる。

 ディアッチの斧が深々と胴体を裂き、プルルスの明滅する白十字が、首の一本を串刺しにする。

 ヒュドラは甲高い音を立てて、大きく体を揺らいだ。

 背後の歓声が一際大きくなる。ギャラリーにとって、騎士団の惨敗の直後の活躍は心地よいものだったのだろう。


「弱いね」

「これなら順に削っていけますな」

「再生するわよ」

「そんなこと知ってるさ。ヒュドラなら当然だろ」


 肩をすくめたプルルスに、エルゼベートが嫌な笑みを浮かべてあごをしゃくった。

 よく見なさい、と。

 プルルスは目を見開いた。

 ヒュドラの傷が、すべて修復されていたのだ。

 あまりの回復速度にディアッチも顔を歪めた。


「どういうからくりでしょうか。早すぎる」

「……中に、何かあるね。あってるかい? エルゼベート」

「私は知らないわ……」

「あっそう。ならもう一度やるか。聖魔法・スティグマ」


 プルルスの魔法が寸分たがわず同じ位置を貫いた。

 しかし、瞬く間に首が再生する。二度、三度試したが同じ繰り返しだ。

 その度に、巨大なヒュドラの体の一部が光るのだ。しかも、その位置が毎回違う。

 プルルスが目を眇めて言った。


「レガシーか」

「……そうよ」

「面倒なことをしてくれたものだ」

「わ、私じゃないって言ってるでしょ!」

「今、認めただろ」

「今のは、たぶん、そうだろうなぁってことよ!」

「はいはい。来るぞ」


 ヒュドラの五つの首が、様々な色に染まる。ブレスの前兆だ。

 ディアッチが後ろに跳び下がり、プルルスとエルゼベートが血界術で壁を作る。

 一瞬遅れて、その赤黒い壁に轟々とブレスが押し寄せた。まるでカラフルな波が押し寄せたような光景だ。

 プルルスがむっと眉を寄せた。


「おい、普通のヒュドラよりずっと強いじゃないか」

「そ、そうかもね」

「何を喰わせた?」

「喰わせて……ないわ」

「……自立型のレガシーか。その『真夜』以外に、持っていたわけだ」


 ぽつりと言った一言に、エルゼベートが気まずそうに視線を逸らした。

 プルルスの瞳が吊り上がる。


「何てものを動かしたんだ。元は何だ? 何の為に。答えろ、エルゼベート。主様にお仕置きをお願いするぞ」

「ひうっ…………さ、最終手段だったの!」

「最終手段?」

「真祖に勝てなかったときのために、真祖を再封印するための仕掛け! その……伝説級のレガシーにずっとMPを与えて育てていたの……」

「数百年もか?」


 エルゼベートの返事はなかった。

 プルルスがため息をついて壁を解除する。

 ヒュドラは完全に戦闘体勢だ。首がまた色づき始めた。


「バカか君は。レガシーは誰が作ったのかもわからない謎の産物だぞ。自立思考できるレガシーに手を貸すなんてもってのほかだ。それを、躊躇せず動かすなんて。バカ極まれりとはこのことだ」

「違うの! 私は別に動かすつもりはなくて……そうよ! あなたが脅すから、この一週間、忘れてたのよ! 私が、七日戻らなかったら、自動でヴィヨンの町を襲うようにって命令しちゃってたのよ!」

「レガシーの元は何だ?」

「……『虫かご』っていうものよ」

「効果は?」

「周囲にいる生き物を閉じ込めて、能力を取り込むの」

「つまり……道中、ヒュドラを喰ってヒュドラ形になったというわけか。なるほど」


 ディアッチが納得したように頷く。

 

「異常な回復速度はレガシーに由来するものということか」

「そうとは限らない。『虫かご』に捕らえてきた別のモンスターの命って線もあるね」

「何にせよ、削りきるしかなさそうですな」

「ディアッチの言う通りだ。とりあえず、真夜姫に期待しよう」

「わかってるわよ! そんな目で見なくても全力でやるわ!」

「前見て、来るよ」


 ヒュドラの五つの首が一度に下げられた。

 またブレスだ。

 そこに――


「ぱーんち!」


 可愛らしい幼女の声。

 そして、寸分遅れて、とんでもない衝撃音が鳴り響いた。

 その光景を見ていた全員が、呼吸を忘れて見入っていた。

 まるで山が、真横にずれて動いたように見えたのだ。


「みんな大丈夫!? あっ、エリザさん! 久しぶりです!」


 満面の笑みを浮かべた真祖は、弾丸のような速度で三人に近づいた。

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