非常事態は忖度しません!
「エリザさん、全然見つからないね」
「もう街から出て行ってしまったのではないでしょうか」
アテルの答えに私は気の無い相槌を打つ。
プルルスからだいたいの事情は聞いた。彼も一度生まれ変わっているので、詳しく覚えていないそうだけど、エリザさんは『真夜姫エルゼベート』というヴァンパイア五柱の一人らしい。
しかも、数百年前に真祖と戦った経験のあるヴァンパイアの生き残り。
プルルスの予想では、エリザさんは私を恐れているとのこと。
「恨みかぁ」
「ぜんっぜん無いんじゃありませんの?」
「うーん、無い」
ミャンが「でしょうね」とおかしそうに言う。
恨みどころか、感謝しかない。
数百年前の記憶なんてあるはずがない。私がこの世界に転生したのは最近なのだから。
誤解は早めに解きたいのに。
「ねえ、ウィミュ、どうしたらエリザさんと会えるかな?」
「チラシ、まく?」ウサギ族が耳を傾ける。
「怒ってないよ、って? それもいいなぁ。でも、結構この町探したんだけどなぁ。プルルスが怖がらせるようなこと言うから。うーん……ん? なんか鐘鳴ってない?」
耳をそばだてる。確かに遠くで鐘の音が聞こえる。
私は窓を開けて、通りを見下ろした。
すると、騎士のような人たちが隊列を作って、町を覆う壁の方に向かって進んでいるところだった。
「あれ、なに?」
「ああ、王国騎士団ですね」
アテルが隣から首を入れて外を見た。
私が不思議に思って見つめると、彼女は物知り顔で頷いた。
「教祖プルルスと対になる人間側の防衛戦力です。外敵を排し、ときには教祖側の傍若無人な振る舞いを監視し、いざとなれば制裁を加えるという名目の戦力ですが――とても弱いと評判です」
「……ひどい話」
「それはもう。そもそも、落ち目の国王が持てる騎士団が、教祖のモンスター軍団にかなうわけがないのです。だいたい純人間しか入れないというのが、時代遅れもいいところで。ご覧ください、あれが騎士団長メイブルンです。彼は人気があるそうですよ」
アテルが指を指す。
隊列を組んで並ぶ騎士団の中央に、馬に乗った一際大きな体の男がいた。短い茶髪を逆立て、きりっと口元を引き締めて前を見つめている。
沿道では民衆が歓声をあげている。確かに人気は高そうだ。
「で、どうしてその王国騎士団が動いてるの?」
「さあ、そこまでは。一応、彼らの役割は外敵対策なので、外から敵が来たのかもしれません」
「それ、やばいやつじゃん」
「大丈夫でしょう。弱いとは言っても、騎士団長だけは強いと聞きます。戦ったことのあるワルマーさんがそう言っていました」
「ふーん」
それなら大丈夫か、とも思ったけれど、プルルスが治める国に攻めてくる敵がその程度で止まるのだろうかという不安もある。
心配なので、プルルスに確認しよう。
***
「えぇ? 山みたいなモンスターが出たの?」
「そう聞いてる。移動速度が遅くて人が歩くのと同じくらいらしい。最初の報告では、オーガくらいの大きさだったけど、次に報告が来たときには、山になっていた」
「どういうこと? だんだん大きくなってるってこと?」
「僕にもわからない。でも、どうもこの町に向かっていることは間違いないらしくて、確認と牽制のために国王が先に騎士団を動かした。一応、危険だからって思いとどまるよう書簡は送ったけど、国王は余計に張りきっちゃったみたいだね」
「……大丈夫なのかな?」
「今のところ、制止の呼びかけを無視しているだけで、兵に攻撃はないらしい」
「でも……止まらなかったら」
「この町は蹂躙される」
「みんなに避難するよう伝えないと!」
「まだわからないよ? ヴィヨンに来ることが確定してからでもいいんじゃない?」
プルルスは落ち着き払った態度で言う。
両サイドにいる、ディアッチとウーバも何も言わない。
この三人の意見は一致しているのだろう。でも、何か嫌な予感がする。
「プルルス様」
白雪城の大広間の扉が開いた。メイドの一人が何かの紙筒をさし出した。
素早く視線を巡らせたプルルスは、眉を寄せて玉座から立ち上がった。
「騎士団の防衛線が巨大モンスターの一撃で突破されたらしい」
「それって……」
「敵意が確認できたってことだね。それと、モンスターの外観は、長い首を5本に重量のある体らしい。それぞれの首が違う属性の攻撃をするらしい」
「ん?」
それってヒュドラに近いのでは。
そういえば、冒険者ギルドの依頼で最初に見た気がする。巨大モンスター、ヒュドラを倒そう、って。
あれが、わざわざ町を襲ってきた?
「じゃあ、準備しようか。ウーバ、あとは任せるよ」
プルルスが軽い調子で言いつつ、壁に掛けていた剣を腰に挿す。
さらに杖を手にとる。
「プルルスが行くの?」
「もちろん。騎士団は弱いけど、団長のメイブルンはそこそこ強い。彼が止められない程度の強さなら、僕の配下を送ってもケガをする恐れがあるからね」
「わ、私も行く」
「それはありがたい。主様が来てくれるのなら、勝ったも同然だ。あと、念の為に――」
プルルスが隣に視線を飛ばす。
膝をつく巨大な体。ディアッチが即応する。
「もちろん、我も参じます」
「ありがとう。ついでにシャロンも呼ぼうかな。これくらいなら、誰もケガなく終わるだろう。彼女はどこに?」
「あっ、私の店だ。呼んでくるよ!」
「了解。じゃあ、巨大モンスターの前で会おう。僕とディアッチは先に行ってる」
「うん!」




