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転生幼女な真祖さまは最強魔法に興味がない  作者: 深田くれと


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カステラ起動

 ちっちゃなケーキ屋さんの店内に、クロスフォーのメンバーが勢ぞろいしていた。

 バーベキューから戻ってきて数日。

 お店の宣伝を相談していたところ、アテルが「名案があります」と切り出した。

 内容は、衣装を統一して町の中を練り歩こうというもの。

 二つ返事で「やろう!」と賛成した私たちは、アテルが用意したメイド服の最終調整をしていた。

 店員であるユミィとルリィの二人はシックな漆黒の長衣に純白のエプロンドレスという英国式を採用した。

 それに対し、クロスフォーのメンバーは、ミニスカ形式のいわゆるジャパニーズメイドと呼ばれる衣装だ。

 大きめのリボンを頭に乗せたケモミミのミャン。リアルバニーのウィミュ。

 ヘッドドレスを頭に乗せた美少女のアテル。


「みんな……めっちゃかわいい」

「リリさん! そんなに目を輝かせて見るのはやめて!」


 ミャンが私の視線を嫌がるようにして身をよじった。

 ウィミュがぴらっとスカートの裾を持ち上げて、不思議そうな顔をする。


「これ、かわいいねー、足がすーすーするけど」

「ウィミュは足が長いから余計にスカートが短く見えますね。丸い尾もよく似合っています」

「アテルだって、いい感じ」

「ほんとですか? ですが、ナンバーワンはやはり、リリ様です。ツインテールの子どもが背伸びして大人の衣装を着て……おっと、血が……」

「アテル? 欲望と鼻血がダダ洩れだけど大丈夫?」

「大丈夫です。私の目に狂いはありませんでした」


 アテルが「ちょっと顔洗ってきます」とそそくさ席を外す。

 ミャンがげんなりした様子で言う。


「ほんとに、こんな露出度が高い衣装でやらないといけませんの? 特に……あれ、大丈夫? 捕まらない?」


 視線の先には赤い髪を揺らすシャロンがいる。

 今回は彼女も参戦する予定だ。

 けれど、私たち四人と違って、シャロンは完成された女性。ミニスカート姿は一歩間違えるとお尻が見えそうで危ないし、胸回りもかなり押さえて、あの状態だ。

 ミャンがつい見比べてしまう理由もわかる。

 でも、シャロンの意気込みはすごい。「私も、微力ながら協力したいのです」と言われれば、許可しないわけにはいかない。


「プルルスもそれでいいって言ってたから大丈夫だと思うよ」

「あの男は、リリさんが言ったことに、『それでいい』以外のことを言ったことがありますの?」

「ミャンもだいぶ容赦なくなってきたね」

「だって、見てる限り、全然別人なんですもの! 私に向けた、あのぞっとするような視線は何だったんですの!? 底冷えするような悪寒が……今は、腑抜けきっています! あれでもヴァンパイアの王なの!?」

「ま、まあ……生まれ変わったんだよ。いい意味で」


 何が気にいらないのか、ミャンはくせっ毛をわしゃわしゃと触りながら「うー」と唸っている。最近、行き詰っているらしいので、ストレスが溜まっているのかも。

 このメイド服で発散してほしい。


「ねえ、リリ、ウィミュはまたミカン回せばいいの?」

「ううん、今回はこれよ」


 ユミィとルリィが小さな木箱を持ってくる。

 それを受け取り、中を開けて見せる。

 そこには一口サイズに切ったカステラがたっぷり収まっている。


「全員に渡すから、町を歩いてカステラの宣伝をしつつ、味見をお願いしていくの」

「おぉ!」ウィミュが両目を見開いた。

「しかも、これは無料なの。甘いお菓子を無料で配るっていうのはいいインパクトになるわ」


 私は、「ね?」とシャロンに目で問う。


「ええ。様々な努力を重ね、プレーンカステラ一本を銅貨1枚に押さえました」

「銅貨1枚!?」


 びっくりした声をあげたのはミャンだ。

 彼女は食い入るように木箱の中を見つめ、「それって、そこら辺のちょっと高い定食レベルじゃない」と驚きを隠さない。

 シャロンが得意げに笑う。


「ええ、正直なところ採算は赤字に近いです」

「いや、そういうレベルじゃないわ。だって、元々のカステラって確か――」

「銀貨3枚くらいでしたので、約80分の1まで値段を落としました」

「80分の1……このカステラの味で……」


 ミャンが絶句する。

 そして、ウィミュと顔を合わせ、二人はみるみる表情を輝かせていく。


「これは売れるわ! 革命よ! 私が買うわ」

「ウィミュも、いーっぱい回ってアピールしてくる!」

「お願いいたします。リリ様の崇高な使命に応えるべく、あらゆる手を尽くした自信作ですから」

「でも、問題もあるんだよね」


 私は少し眉を寄せてシャロンを見上げた。


「リリ様のおっしゃるとおりです。材料の定期的な調達は避けられません。どの程度、売れるかにもよりますが、砂糖、ミルク、卵は常に必要です」

「うぇっ、あの象に乗ったやつね」


 ミャンがくやしそうに眉を曲げた。『浮世の迷層』の100階にいる帝釈天には、私たちでは勝てなかった。

 あのレベルに到達するのは、まだまだ先だろう。

 ミルクの川の精霊にせよ、羽の生えた卵と共にいる竜種にせよ、油断していると命の危険があるレベルの敵がいる。


「まあ、そこは平行して、専門のハンターと契約するつもり」

「高レベルのハンターとなると、なかなか難しいと思いますが、それしかありませんね」

「私たちの修行にもなるし、しばらくは、クロスフォーでがんばるよ。ね、みんな」

「もちろんですわ。私一人で全部倒してみせます」

「ウィミュも、大魔法覚えたいなぁ」

「良さそうな人がいたら、私も声をかけるようにするから。じゃあ、早速、行こっか。私も、一度、マッチ売りの少女をやったから、今度は少し自信あるし」

「マッチ売り?」

「あっ、ひとりごとだから、忘れて、シャロン」


 私は苦笑いしながら、カステラを抱えて店を出た。

 ようやく鼻血が止まったのか、アテルも出てきて、全員が別方向に歩いていった。



 ***



「カステラー、あまーいカステラー、いかがかですかぁ? 試食は無料! 近日、ちっちゃなケーキ屋さん、オープンでーす!」


 可愛らしいメイド服を身に着け、商店街の真ん中で声をあげる。

 自分史上、最大のがんばりのつもりだけど、威勢のいい客引きとぶつかってしまい、あんまり声は届いてなさそうだ。

 がんばれ、私。

 でも、珍しい衣装と、幼女の見た目という武器をいかして、ぶらぶらと歩いているお客さんたちに声をかけていく。

 ちょっとお時間よろしいですか――って。どこのキャッチだ私は。

 でも、中には「へぇ、えらいね」と褒めてくれる人もいた。


「一度食べたら忘れられない、あまーいカステラー、どうですかー?」


 ちらほらと、視線が集まってくる。

 心の内で、気恥ずかしさが首をもたげる。

 あれだけ意気込んでいても、たくさんの人に注目されると急にダメになってくる。

 ――もっとできるだろ、私。お店の成功もかかってるんだし。

 今も、たくさんの大人が近づいてくる。

 でも、その大半は、私の目の色を見て、「ひっ」と踵を返してしまう。

 ヴァンパイアが怖いのだ。


「負けない。私たちのがんばりは、これくらいで折れない」


 想定内のことだ。

 私は一層、声を張り上げた。

 別に試食されなくても構わない。せめて、お店のアピールだけできれば。


「ヴァンパイアが、カステラ作りましたぁ! とっても美味しいです! カステラ一本、銅貨1枚で買えちゃいまーす」


 シャロン、ユミィとルリィ、ルヴァンさんとクロスフォーの面々。みんなのがんばりがあって、今の私がある。

 決して負けない。


「タダってほんと?」


 人間の姉妹がぽつりと声をかけてきた。

 姉が妹の手を引いている。ぼさぼさの髪と傷んだ服。

 私はにっこり笑って「もちろん。あーん、してみて」と言った。

 顔を見合わせた姉妹が、恐る恐る小さな口を開いた。

 そこに、ひょい、ひょいっと一口サイズのカステラを放り込む。


「あまーーい! ふわふわ!」「おいひぃ!」


 姉妹は満面の笑みを浮かべた。

 私と同じ視線の高さで、きらきらと輝いた二人の瞳。

 そう。これが甘い物の力だ。


「もっと、もっと欲しい!」「私も!」

「あと、一口だけだよ。売り物だからね。いっぱい食べたかったらお店に来てみてね」


 また、姉妹の口に放り込む。

 二人は何度も何度も噛みしめる。甘さを楽しんでいるのだろう。

 できるなら、全部あげたかった。


「ありがとう! えっと……」

「リリ、私はリリ。近くでお店を開くの」

「リリ、ありがとう! 私、リリのお店、ぜったい行くから」

「待ってるね」


 姉妹がぶんぶん手を振って離れていく。

 小さなお客さんだけど、私に与えてくれた力がすごい。声援が後押しになるってこういうことなんだと、しみじみ思う。


「よっし、私も、もっとがんばるぞ!」

「変わったヴァンパイアなのね、あなた」


 大人の女性の声が聞こえて首を回した。

 大通りの中なのに、すっと通る声だ。

 腰に剣を佩いた紅い目のエルフが近くに立っていた。


「エリザさんっ!」

「久しぶり、になるかしら。リリ」


 ダンジョン『浮世の迷層』で、クロスフォーを助けてくれたヴァンパイア。

 見事な金髪と長い耳。彫刻のように精緻な顔の凄腕の射手。

 そんな彼女は分厚いローブを身に纏い、優しく微笑んでいた。


「こんなところで会えるなんて光栄です!」

「私も見知った顔に出会えてうれしいわ」

「ヴィヨンの街へは、お仕事ですか?」

「ええ……とても、大きな仕事よ。私にしかできない、ね」


 エリザはそう言って、腰の剣の柄に片手を乗せた。

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