鈍感系の主人公?
「ということで、ディアッチが倒してくれた巨大白魚の白焼きでーす」
「「「「「ありがとうございまーす」」」」」
私の掛け声にあわせ、メイド集団が折り目正しく頭を下げた。
当のディアッチは「良い。成り行きだ」と硬派な態度を崩さない。
白魚の身はここに来るときに乗った鉄板の上でじゅうじゅう焼けている。
身はとても脂がのっていて、ふわふわしている。
甘いものもいいけれど、たまにはこういうお魚とワインもおいしい。
バーベキューにと、ウーバが塩を用意してくれているのも幸いだった。
「リリ様、これも白魚ですか?」
アテルが小指サイズくらいの白魚の尻尾を掴んでいた。
確かに見た目はそれだ。
「どこにいたの?」
「湖にいっぱいいますけど。あれは成体ですかね」
そう言われてみれば、湖の水の色が白に近い。
網で簡単にすくえてしまいそうだ。
「これって、全部、白魚?」
「そうじゃないでしょうか? どうしてこんなに集まってきたのでしょう」
きっと、ウーバの魅了魔法のせいだ。
彼女の魔法は強烈だ。まさか魚にまで効果があるとは。
「ねえ、ウーバ、魅了魔法って完全に効果切れた?」
「今は、話しかけないで……もう、私、何やってるんだろ……ああ、頭痛い」
絶世の美女サキュバスはひどく傷心中だ。視線を湖面と空に往復させ、これ見よがしにため息をつく。
簡単に訊いたところでは、全然進展がなかったらしい。
「告白できたの?」と尋ねたら、
「悪かったわね、意気地なしで! 戦闘しかできないから、ダメな奴って言ったけど、あれは撤回するわ!」と、顔を真っ赤にして、のろけか逆ギレかわからないような怒りかたをしていたので、よほど混乱しているのだろう。
「主よ」
「どうしたの?」
ディアッチがのそりと近づいてきた。
ウーバがそっと顔を明後日の方向に向けた。
お酒の力が無くなって、急に恥ずかしくなってしまったのだろう。
本当にこのサキュバスは――ウブバスなんだから。
「少々、相談があるのですが」
「ん? 別にいいけど……」
「では、こちらに」
ディアッチは私を片手に乗せ、ふわりと飛び立った。
場所まで変えるとは、これは深刻な悩みに違いない。
***
「うぇぇぇっ!? ディアッチ、意識あったの!? え? え? ほんとに!?」
「左様です。主の神のアイテムでレベルが上がっていたせいでしょう。正確には魅了状態に陥り、すぐに目が覚めたのです」
「お、おぉ……どの辺から、目覚めてたの?」
「好きな食べ物は? あたりからです」
「最初からじゃん」
「そうなのです」
深刻だ。
思わず頭を抱えたくなるような告白だ。
ウーバはディアッチが正気じゃないと知ってるからがんばれたのに、全部、ディアッチの記憶にあるとは。
いや、待て待て。
こうなったら、隠すことも引き下がることもできないだけでは?
「それで、ディアッチの相談はなんなの?」
「我はどうすれば良いでしょうか?」
「は?」
「ウーバが、わずかに我に尊敬らしき感情を抱いていることはわかりました」
「うん……うん?」
尊敬じゃなくて好意だよね。
「ですが、我はどう反応して良いかわからぬのです。とりあえず一度は優しく接してみたものの、あれは我らしくなかったというか……ウーバにも顔をそらされてしまい……」
「そ、そう……」
それは、クリティカルヒットだね。
照れ照れになったウーバは一体どんな顔をしてたのだろう。
というか、ディアッチがここまで鈍感だとは思わなかった。
彼の悩みの吐露は続く。
曰く、「私のことを、どう思うか?」と尋ねられ、「大事な仲間だと思う」と。
曰く、「私は――あなたのこと、す、す、す」と伝えられ、あとの続く言葉は「すげーと思う」と言いたかったに違いない、と。
「す、すげー……ね。その言葉、ウーバが使うかな?」
「尊敬する相手には、最大級の賛辞かと」
「『すげー』が? あっ、そうなんだ……どういう設定が広がったんだろうなぁ、JRPG。もう恨みしかない……」
ダメだ。乾いた笑いが止まらない。
かっこいいところを見せても、やっぱり全然ダメだ。
どうして、降臨書から呼び出したモンスターは、いいところと悪いところを極端に持ってるんだろう。
ウーバが可哀そうになってきた。
「とにかく、ディアッチはウーバの……その、尊敬の念ってやつが嫌なの?」
「そんなことはありません! とても光栄です。しかし……我の今の強さは、主のサポートがあったからこそ得られたもの」
「だから、ズルしてるみたいだと?」
「まあ……そういう感情が近いのです」
「そっか……」
悩ましい問題だ。
私が、ウーバの好意を代わりに伝えることはできる。
でも、それだと全然意味がない。
「一体どうすれば……」
ディアッチが子供の様に小さく体を丸めて視線を下げた。
でも、この悩みは、まったく検討外れだ。
せめて、それだけは解消しておきたい。
「ディアッチは最初から大きな勘違いをしてるの」
「勘違い……ですか?」
「そうよ。よく聞いてね――ウーバは、あなたに尊敬の念を抱いているわけじゃない。もっと……大切で、熱くて……ときどき恥ずかしくなる……あれよ。そう、あれなの。わかる?」
しどろもどろになって説明する私に、ディアッチが真剣なまなざしを向ける。
言葉は伝わらなくとも、感情で理解してほしい。
――恋心とか言えないから。
彼はしばし考えこみ、納得したように頷くと、ふんと力強く鼻を鳴らした。
「我の……勘違いだったとは。その可能性はまったく考慮しておりませんでした。しかし、主がそう言うのであれば、間違いないのでしょう。たしかに、我とウーバの立場は近い」
「そ、そうなの! だから、どこかでもう一度――」
「承知しました。全身全霊をかけて。主よ、ありがとうございます!」
「う、うん?」
ディアッチは深々と頭を下げ、屈託のない笑みを浮かべた。
「さあ、戻りましょう。みなが待っております」
「うん……」
***
リリが湖畔で白魚の味に舌づつみを打っていたころ。
真夜姫エルゼベートは、自身の居室でいらだちを露わにしワインを呷っていた。
偵察に出した『ハウンド』から一向に連絡がないからだ。
『浮世の迷層』でなまった腕をたたき起こし、久しぶりに高度な戦闘を経た彼女の瞳はらんらんと輝いていた。
十分に吸血を済ませた彼女の肌は瑞々しく、金色の髪は金細工のように輝いていた。
しかし、顔には不満が滲み、グラスを握る手には力が入る。
「遅いわ」
彼女はすっくと立ち上がった。
腰に佩いた剣がカタカタと音を立てる。次の戦時を期待し、昂っているのだろう。
「元々、自分勝手なやつらだけど、さすがに何もないのは、ありえない」
エルゼベートは考えを巡らせる。
居城に戻らない時点で三つの可能性しかない。
裏切ったか。
逃げたか。
死んだか。
その三つなら一番最後――死んだ。
さすがに五人が一度に裏切ることは考えにくいし、逃げるのはもっと考えにくい。ハウンドは全員が負けず嫌いだ。
「殺ったのはプルルスか、それとも……真祖か」
彼女の全身にぶるりと戦慄が走る。
未だに震えを感じる過去の光景。
あの厄災を、今の自分で抑えきれるだろうか。
エルゼベートはそう自問し、首を振った。
自分一人ではない。この瞬間は想定していたこと。
そのために、ずっと力を蓄えてきたのだ。
「やはり、私が出るしかないわね。有象無象をこれ以上送ったところで、真祖の虎の尾を踏むことに変わりはないのだから」
彼女は覚悟を決めた。
そして、自室を出て地下に向かう螺旋階段を降りた。
暗がりが、いつもより黒く見えた。




