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転生幼女な真祖さまは最強魔法に興味がない  作者: 深田くれと


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48/80

退かぬ! 媚びぬ! 省みぬ!

「ね、ねえ、ディアッチ」


 ウーバが恐る恐る口を開く。


「どうした?」

「そ、その……えーっと……やっぱり無理!」


 ウーバは耳まで真っ赤にし、両手で顔を覆った。

 おかしい。こんなはずじゃなかった。

 魅了状態にかけたら、お酒の力も借りて、切れ味するどい質問を次々に投げかけ、ディアッチの赤裸々な気持ちをすべて聞き出す。

 そして、

「ふーん、そんなに私のこと、気になってたんだ。隠すの下手だものね。うふふふ」

 なんて、ちょっと高飛車なサキュバスを演じるつもりだった。

 けれど、恋愛経験の「れ」の字も経験がない彼女は、『本番』の呪縛に、見事にからめとられていた。

 ディアッチの顔を見上げた瞬間の、制御できない胸の高鳴り。

 それは今まで感じたことがないほど強烈で、新鮮だった。

 同時に、それは思い描いていたすべての作戦を破壊した。

 彼女はまさにウブな生娘そのものだった。


「全然、タイプじゃないの。こいつは、もともと子供をいたぶる悪いやつだったの」


 ウーバは荒い息を吐いて呪文のように深呼吸を繰り返す。

 真新しい空気を吸い込めば、この動揺を落ち着かせることができると言わんばかりに。

 しかし、胸の動悸は燃料を投下されたように速度と勢いを増し、顔は火照るばかりだ。


「や、やだ……私、こんな格好で」


 反射的に豊かな胸を抱えた。

 惜しげもなくさらしていた白い肢体に、急に恥ずかしさを感じた。

 いかにも襲ってくれと言わんばかりの格好で、何を聞き出そうと言うのか。

 むしろ、ウーバ自身が好意を最大にして、ディアッチにすり寄っているように見えるじゃないか。

 突如やってきた悶えるような羞恥心に、彼女は「~~~っっ」と声にならない悲鳴をあげ、へなへなと地面に膝をついた。

 でも――彼女にも意地がある。

 サキュバスとして、仲間として、簡単に落ちる女だと思われるのは許せない。

 もちろん、ディアッチはそんなことを思うはずもないのだが、ウーバの中で、右往左往しているばかりの自分は「負け」だった。

 その役目は自分ではなくディアッチが背負うものだ、という謎のプライドがあった。


「ちょ、ちょっと話をするだけ。そう……難しいことじゃないわ。まずは、きっかけよ」


 何度目かわからない自問を繰り返し、彼女は自分を奮い立たせるように立ち上がる。

 ディアッチに斜めに背を向けて胸を隠すようにして、首を回した。


「ねえ、ディアッチ……その……えっと……好きな……食べ物は?」

「MP以外で、ということか? 肉だ」


 ディアッチは優し気に答えた。

 その大きな瞳がウーバを慈しむように曲がる。

 彼女は、急に胸が締めつけられるような気分になり、顔をそむけた。

 どうでもいいプライベートな質問に、ディアッチが嬉しそうに答えてくれた。

 ほわほわと心が温かくなっていく。

 誰にも邪魔されず、他愛ない会話を楽しめる時間。


「バーベキュー、来て……良かった」


 人知れず少女のような顔で、幸せを噛みしめるウーバ。

 準備は大変だったけど、もうこれでいいか、とも思えた。

 だが――

 遠くの湖畔に見知った人物を見つけて、ひくっと頬が引きつった。

 リリ、プルルス、シャロンの三人が、「どうなるんだろう」とばかりに、興味津々で彼女を見つめていた。

 特に、リリは明らかに食い入るように目を凝らしてグラスを呷っている。片手には何かを持って、食べては飲むという行儀の悪さ。

 ウーバの頭が急速に冷えていく。


「ま、まずいわ。こんなので満足したなんて知られたら……」


 ウーバの頭の中に、三人に呆れられている場面が浮かぶ。

 ――「僕の部下は意気地がないね。それでもサキュバスかい?」

 ――「ウーバ様、見損ないました。なぜガツンと聞かなかったのですか?」

 ――「えぇー、私、アイテムまで使ったのに、聞けたのは好きな食べ物だけなのぉ?」


「あぁぁぁっ、これはダメよ! がんばれ私――き、訊く、訊いてみせる。それが一人前のサキュバスよ」


 彼女は意を決してディアッチの方に向き直った。

 胸に手を当て、一番深く呼吸をし、ディアッチの顔を見ずに――


「わ、私のこと、どう思ってる!?」


 突然の最終兵器の投下だった。

 やってしまった、と思った瞬間、つんと鼻の奥が痛くなり、瞳の奥がじんと熱を持った。

 けれど、今さらごまかせない。

 彼女は過呼吸気味に息を乱し、下からにらむようにディアッチを見つめた。

 ――どうしてこんなに。

 種族も違う。見た目もタイプじゃない。

 不愛想で、気が利かなくて、おまけにだらしないやつだ。

 でも――

 でも――


「わ、私は――あなたのこと、す、す、す――ぇぇぇっつ!?」


 彼女の緊張は限界に来ていた。

 だから、何かが足に巻きつき、湖に引きずりこまれた瞬間に、ろくな対処ができなかった。



 ***



「ウーバ!?」


 私は思わず立ち上がった。

 対岸で予想もしない事件が起こった。

 彼女の足に白い何かが巻きつき、湖に引きずり込んだのだ。


「ウーバぁぁっ!」


 同時に巨大な咆哮が鳴り響く。

 ディアッチが沈んだウーバのあとに飛び込んだ。ざぶん、と大きな波音が響くとともに、私の後ろでプルルスが立ち上がった。


「やれやれ、あの二人の周囲には『落ち着き』ってものが皆無だね」

「プルルス、それは?」

「槍さ。今はもりと言った方がいいかな」


 プルルスは赤黒い三メートルほどの長さの銛を手にしていた。

 血界術を駆使し、一瞬で作ったのだ。

 彼は瞳を一層紅く輝かせ、湖の中に目を凝らす。


「ディアッチ、今日は武器を持ってないからね。水中だと不利だ」

「不利?」

「ちらっと見えたのは、かなり大きな生物だった。さしずめ白魚の滝の白魚ってところかな。戦うなら外に引きずり出した方がいい――そこだ」


 彼が綺麗なフォームで銛を投げた。

 それは途方もない速度で水中に音もなく飛び込んだ。


「シャロン、僕の血の気配を捕まえて」

「承知しました」


 赤髪のシャロンが湖の水面に踏み出した。

 彼女の足下に水で凝縮した足場が次々と現れた。あっという間に湖の中央までたどり着くと、上品に水面に手をついた。

 すると、湖面に渦が巻き始めた。

 シャロンが同時に眉を寄せた。


「かなり……強いモンスターのようです」

「ディアッチもウーバが捕まっている以上、戦場は陸で、と思っているだろ」

「そのようです。引き揚げます」

「急いで」


 プルルスは淡々と指示を出す。

 呆けるように見ていた私に、彼がにやっと口端を曲げた。


「シャロンとディアッチのタッグで、できないわけがない。主様は見ていてほしい。僕らも、なかなかやるってところをね」


 と、その時だ。

 水面が大きく盛り上がる。シャロンがそれに押し上げられるように空を舞い、私たちの近くへと着地した。

 遅れて、湖面が割れ、巨大な白いモンスターの姿が見えた。


「ぉぉぉおおおおおっ!」


 ディアッチが咆哮と共に、湖畔へ放り投げる。

 彼の片腕には気を失っているウーバが抱きかかえられている。

 モンスターはウナギのような外観だった。体長はゆうにディアッチの倍を超えている。

 陸でも動けるのか、蛇のように体をくねらせると、辺りの木々が吹き飛んでいった。


「これが、白魚か。初めてみたよ。大きいね」

「湖の底にいたのでしょうね」


 飄々と話すプルルスとシャロンの元に、ディアッチがゆっくりと歩いてきた。

 彼は膝を折り、優しくウーバを地面に寝かせる。

 その瞳は悲し気に濡れていた。


「我が隣にいて、このような失態を犯すとは」

「君のせいじゃないよ、ディアッチ」

「いえ、我は少々、心が浮ついていたのです。そのせいで、もう少しで……ウーバを失うところでした」


 思いつめたように言うディアッチに、プルルスが肩をすくめて見せた。


「違う。ウーバは君が守らないといけないほど弱くない。隙があったと言うなら、ウーバ自身だ」

「それは……」

「君たち二人は同格だ。それにウーバはちゃんと生きている。彼女は強いしね。今、君がやらないといけないことは――後悔かい?」


 ディアッチの瞳に力が入った。

 プルルスが「必要なら僕や主さまも加勢するけど」と笑う。


「無用です。我、一人で」


 ディアッチはそう言って、両の拳をがんがんと音を立ててぶつけた。

 私の方を見て、申し訳なさそうに軽く会釈した。


「主も、手出し無用ですゆえ」

「うん……がんばれ」


 ディアッチはくるりと背を向けて白魚の巨体と対面する。

 恐れも、怯えも、何もない。

 彼の背中はとても大きかった。どしんと一歩踏み出す。

 と、意識を失っているウーバが――


「そういうのが、かっこいいの――」


 ぽつりと囁くように言った。夢でも見ているのだろう。

 聞こえたのか、聞こえていないのか。

 その後のディアッチの戦いは鬼神のようだった。

 力、経験、後押し――すべての力を存分に振るう彼は、確かにウーバが言う通り、とても格好良かった。

良かったね!

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[一言] ディアッチ様の主人公タイムスタート
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