全員ドボンっ!
「さあ、みんなでジャンプ! いくよー!」
「リリ様、これは、高すぎますって!」
「大丈夫、大丈夫! みんな頑丈だし!」
「せっかくだから、ジャンプ中にキックの練習でもしようかしら」
「それいい! ウィミュはジャンプ詠唱を極める!」
私たちクロスフォーの四人は、湖の側にできた水のお城から空に飛び出した。
シャロンが水魔法で作ってくれたものだ。
造りは本当に単純で、子供のときに砂場で作っていたようなお城だけれど、とにかく水色で大きい。
6階建てくらいの背の高さだ。
最初はもっと背が低くて小さかった。
でも、「シャロン、すごーい!」と褒めているうちに、「そ、そうでしょうか」と、わかりにくい表情のまま、お手製の城はどんどん大きくなっていったのだ。
そして、今はそれを飛び込み台代わりにして、ジャンプ中。
青い空、澄み渡る空気、そして、長い浮遊感と共に――ドボン。
みんなだからできる芸当だ。でも、ちょっと高すぎたか。
「そういえば、ウィミュ、泳げ……ブクブク……」
「え? ちょっと、ウィミュ!」
着水寸前でそんな声を聞いて、慌てて水中でウィミュの腕を引っ張り上げる。
水を蹴るようにして水面に上がると、ウサギ族は本当に水を吹いていた。
ミャンが上手に猫かきしながら寄ってくる。
キャットピープルらしい可愛さだ。ボリュームのあるくせっ毛がぺたりと寝ている。
「泳げないのに飛び込むとか、何考えてるの?」ミャンが呆れる。
「だって楽しそうだったんだもん。今なら泳げるかもって思ったし」
「どういう自信よ」
アテルが平泳ぎで近づいてきた。
彼女は人間時代に泳ぎをマスターしているので安心だ。
「ウィミュ、あなたの水着、どこかいってますよ……」
「え? あ、ほんとだー、どこいったんだろ? 胸出ちゃった。でも水、気持ちいいなぁ」
「ちょっと! 出ちゃったじゃないでしょ!? 少しは恥らいなさい! あっ、そこにあるわ。私が捕ってあげますわ!」
ミャンが水面を蹴って白い水着に近づく。脱げた本人より慌てているのがおもしろい。
水着を片手にして、すぐに戻ってきた。
「ついでに着けてあげますけど、そんな紐みたいな水着だと、また外れますわよ」
「だって、アテルが選んでくれたんだもん。ちょっと恥ずかしいけど」
「嫌なら断ればいいでしょう?」
「でも水着って全部こういうものだって、アテルが」
ミャンと私は、ウィミュのきわどい白ビキニを一瞥する。上半身の水着が豊かな双丘を主張するように押し上げている。
戦犯のアテルを横目で見た。
アテルが気づいて、びしっと親指を立てる。
「ウィミュにはぴったりです。やはり、グラマーな人はビキニですねー」
「……まあ、似合っていますし、ぴったりなのは認めますわ。あなたのことですから、サイズに問題はないのでしょう。でも、限度があるでしょう。見せる相手もいないのに、なぜあんな水着を選んだのかしら。それと――」
ミャンがそう言って自分の水着を見た。
花柄で、背中の肩紐がクロスした上下一体型。
こちらは屈辱の顔だ。
「どうして、私がリリさんと同じ子供用ですの……」
「え? 今さらですか? もちろん、体型が近いからに決まっていますが」
その言葉を聞いて、ミャンが心外とばかりにアテルを指さし、口をへの字に曲げた。
「私の方が、三歩は先に行ってますわ! よく私の体を見なさい! この、つ……つましくも、上品なふくらみ! リリさんにはないでしょう!」
「まあまあ、落ち着きなってミャン。大人げないよー」
「リリさん、まるで仲間みたいな目で見ないでくれます? 私とあなたでは、目に見えない壁がそびえ立っていますわ」
「いやいや、壁仲間でしょ。違うのは身長だけで……ねー」
私の視線を受けて、ミャンが顔を真っ赤にして胸のあたりを隠した。
慌てて自分の胸と私の胸を交互に見やり、ギリギリと刃を食いしばる。
「くぅ……ち、違いますわ……私の方が……私の方が……」
まあ、大した差はないってことだね。
アテルはちゃんと普通の水着を用意してくれた。
子供用の、腰にフリルのついた水着だ。
ただ、水着を取り出す時、持ち物の中に黒い紐の水着もチラッと見えた。
最後まで誰にも渡さなかったので、あわよくば、と考えていた予備かもしれない。
絶対着ないけど。
「さあ、一度、あがろっか。ウィミュは水も飲んじゃったし」
私たちは四人そろって湖畔に上がる。
すると、木製のチェアに寝そべり、本を読んでいたウーバが気だるそうに言った。
「みんな元気ねー」
彼女はチューブトップ型のバンドゥ・ビキニを身に着けている。
明るいオレンジ色の水着が、彼女の肌の白さと相まって、とても眩しい。
大人の魅力を放つ彼女は、とても絵になっている。
ただ、見せたいはずの人物は近くにいない。
「あー、えっと……」
「ディアッチなら、森にキングファングを狩りに行ったわ。自分が食べるとお肉が足りないからって」
「そっか……」
ウーバが立ち上がった。
一瞬寂しそうにも見えたけれど、彼女は周囲をはばかるように声を潜めた。
少しお酒臭い。だいぶ飲んでいる。
「リリ、少し手伝ってくれない? もう、いい加減、『待ち』には飽きたの」
「も、もちろん! なんでもするよ!」
少し引き気味の私に、彼女はしゃがんで耳元に口を近づけた。
「私の魔法を、短時間でいいから使いたいの」
「えっ?」
ウーバの瞳がきらりと光った。
***
ウーバの願いを聞いて、とても困惑した。
彼女のことだから、別に実害はないと思う。
でも、心の抵抗が無いとは言えない。
「ほんとに、やるの? ひどいことしない?」
「するわけないでしょ。それに、ひどいのはあっちよ。あいつ……たぶん、意図的に私のこと避けてるのよ。こんなにアプローチしてるのに。最近、ずっとそう。目も合わさないし」
ウーバが憤慨した様子で、飲み物をあおった。
度数の強いシャンパンだ。片手で瓶を手にして、ドボドボとグラスに注ぐ。
また、あおった。さっきから連続で何杯も続けている。
徐々に目尻がとろんとしてきて、頬が薄ピンク色に変わってくる。
彼女の表情はとても魅力的だった。屈指の美女は酔うとさらに妖艶さが増す。
でも、そんな彼女も酒の力を借りないとできないのね、と呆れていたりする。
「ねぇ、だから……お願いよ、リリ」
「う……うん、じゃあ、やる」
「ありがと!」
ウーバに抱っこされた。
一瞬、空中に放り投げられるのかと思った。
彼女は私が手に持つものを見て、不思議そうに眉を曲げた。
「そのアイテムって、ディアッチに近づかないとダメなの?」
「わかんない。でも、たぶん、ある程度の範囲なら効くと思う」
「ちょうど、ディアッチも戻ってきたし、早速、早速」
「はーい、いくよ」
手の中の黒いスクロールを広げた。その矢先から、姿が消えていく。
そして、灰色の光が、すうっと円状に広がった。
ウーバが「何も起こらないわね」と訝しむ。
たぶん、使用者以外に見えないのだと思う。
本当は戦闘中に使用するアイテムで、敵全体にかける魔法なのだ。
範囲が思った以上に広い。全員が範囲に入ってしまった。
効果は――敵の状態異常耐性を下げる、こと。
「かかったよ」
「え? ほんとに?」
「間違いないよ。やるなら急いで。効果がいつ切れるかわからないから」
「了解――魅了魔法・アモル」
ウーバが両手を前に出して、花束をさし出すような動きを見せた。
彼女を中心に桃色の霧がすばやく広がる。
メイドたち、クロスフォー、プルルス、ディアッチ。
全員が包まれる。
と、同時に、全員が動きを止めた。
さすが、☆5のサキュバス。魅了適性の高い彼女の魅了魔法は強烈だ。
さらにゲームアイテムで耐性を下げるデバフ付き。
全然効かない私がおかしいのだ。
「うまくいったわ。やった! プルルス様だけは無理だったみたいだけど」
「だね」
チェアに座っていたプルルスが上半身を起こしてこちらを見ている。
でも、深刻には受けてめてなさそうだ。
なにしてるの? くらいの顔だから。
放っておいていいかな。
「プルルスは、もともと魅了耐性高いからなぁ」
「いいの、いいの。ディアッチだけかかれば」
「あんまり、悪いこと聞いたらダメだよ」
「わかってる。私を避けてないか聞くだけ」
「ほんとにぃ? それくらいなら、お酒いらないんじゃない?」
「う……、じゃ、じゃあ、聞いてくるわ」
「あっ、逃げた。ねえ、他の人たちは!? どうしたらいいの?」
「適当に、眠ってもらっておいて。簡単な命令なら聞いてくれるから」
ウーバはどうでも良さそうに言って、さっさと駆けていった。
水着のままなので、何か羽織っていけばいいのに。
私はと言うと、全員に「しばらく寝てくださーい」と声をかけていく。
魅了状態の彼女たちは、こくんと頷いて、地面に横になる。
これが魅了。
ゲームで使われると嫌いな状態異常だけれど、現実でもかなり凶悪だ。
悪い人は絶対覚えちゃいけない魔法だね。
「はーい、寝てくださーい」
「……はい」
赤い髪のメイド――シャロンが、困ったような顔で地面に横になった。
ちらちらと私を見ながらの動きで、どう見ても不自然だった。
「シャロン、もしかして意識ある?」
「一応……ございます」
「そうなんだ……どうして何も言わないの?」
「何か、大事なお話しをされるようなので、静かにしておいた方がいいかなと思いまして」
シャロンは目尻を下げて微笑んだ。
なんて、できたメイドなんだ。やっぱり白雪城から引き抜いて良かった。この人にお店を任せている間は安心だ。
起きているのはシャロンとプルルスか。これは――
「プルルス、暇ならこっち来て! シャロンと三人でお酒飲もっか」
「主様からお誘いとは珍しいね」
「この三人って珍しいから、たまにはね。しばらく時間あるだろうし」
「そういうことなら、お気に入りのワインがあるよ。色はもちろん――赤だ」
「はいはい。じゃあ、適当に残り物のお肉も一緒に」
「リリ様、私、カステラを持ってきております」
「おっ、さすがシャロン。赤ワインとカステラは試したことないなぁ。って、シャロン、このカステラって私の顔が……どうして五つも入ってるの? ちょっと、多すぎない? こんなに、たくさんの私と目が合うと……ちょっと不気味な――」
「はい! たくさん押したら、可愛いですよね! 余り物なので奮発しました」
「そ、そう? うん……まあ食べよっか」
私たち三人は、テーブルを囲んで思い思いに食事を始めた。
湖の対岸ではまさに、ぼうっと立つディアッチの隣に、ウーバが並んでいた。
そして――なぜか湖が白く光っていることに、誰も気づいていなかった。




