お手紙がもらえるんですか?
最初にやってきたのは白雪城だ。
しばらくぶりで、以前よりメイドさんの動きがゆったりしているように感じる。
城門には新しい顔の二人が警備についている。
廊下を進み、ウーバの所在を確認する。ちょうどいいことに彼女は大広間に出ているらしい。
最奥の両開きの扉の前に、また新顔のメイドが立っている。
ウーバは奥にいるらしいけれど、お客さんが来ているらしい。
と、ちょうどそのタイミングで扉がぎいっと音を立てて開いた。
中から身なりの良い数人の団体が出てきた。
先頭の男が、私の存在に気づいて訝し気な視線を向けたが、さほど興味も無いようで、そのまま通り過ぎる。
困りきったような表情がとても印象的だった。
入れ替わりで、私が入室する。
予想通り、教祖プルルスが最奥に。左手前には巨体を揺らす嗜虐翁ディアッチ、右手前には宰相のウーバ。
全員勢ぞろいだ。
ディアッチが嬉しそうに表情を和らげた。
「これは主よ。御用であれば、こちらから、はせ参じましたのに」
「いいって。それに今日は、みんなにちょっとしたお礼をしに来たの」
「お礼ですか?」
「そう! カステラを持ってきたの!」
私は大切なカステラを一本取り出した。
ウーバが視界の端で眉をしかめた。
また無理難題を押しつけられると思ったのかもしれない。
慌てて付け足した。
「とうとうお店のカステラが完成したの!」
「それは良かったわね!」
ウーバが手のひらを返すように本当にうれしそうに言った。
その豹変ぶりに、ちょっとした罪悪感がちくりと心を刺激した。
たまには『お願い』を持たずに差し入れに来よう。
「みんなにも色々協力してもらったから、完成品一号を持ってきた」
「お心遣い、痛み入ります」
ディアッチが跪いて巨大な手を恭しく私に差し出した。
と、ウーバが「いくらなんでも大げさすぎ。立場を考えなさい」と苦笑いしながら、私とディアッチの間に素早く体を入れて、カステラを受け取った。
「みんな、がんばったそうじゃない」
「うん、ほんとに。プルルスもありがとう。みんなのおかげ」
そう視線を向けると、最奥の一段高い椅子に腰かける男前は、まんざらでもなさそうに片眉を上げた。
「まあ、僕の部下たちだからね。優秀だったでしょ」
「私の眷属にしようかなって考え直したくなるくらいだった」
「構わないよ。ここにいるのは、みんな主様の部下みたいなものだし。全員の血を吸って回ったら?」
「私は、違うけど!」
ウーバが慌てて反論した。
ディアッチがその慌てぶりに苦笑いすると、彼女は少しだけ頬を染めて、小さな声で「だって、違うし」とつぶやいた。
三人はなんだかんだと仲が良さそうだ。
私は半身を扉に向けて、手を振った。
「お店がオープンしたらケーキを買いに来てね!」
「全部買い占められるくらいの資金を持って、顔を出すよ」
「一つだけ買ってくれたらいいから!」
プルルスの冗談を笑いつつ、私は白雪城をあとにした。
***
次にやってきたのは茶色の居城。
このヴィヨンという街の表向きの支配者である国王が住む場所だ。
プルルスの元居城の朱天城より地味で、小さくて、目立たない。
しかも、先代国王が若くして急死した結果、わずか13歳の一人娘――アメリ・ル・ポーレットがあとを継ぐことになったという。
噂では物静かで控えめで理知的な少女らしい。
何をするにも実権はプルルスが握っているので、わざわざ愛らしい国王をどうにかしようとする人間はいないだろうけど、中学生くらいで国王なんて想像するだけでしんどい。
以前から『お飾りの国王』と呼ばれていたらしいけれど、今では『パセリ国王』とも噂されている。
この辺は無駄にJRPGの世界観を引き継いでいて、容赦がない。
ハンバーグのお供。『お飾り』から『添え物』に変わったわけだ。
「こんにちはー」
暇そうな門番に、営業スマイルで話しかける。
あくびをかみ殺していた背の高い中年の男が、どっこらしょと、かがんで目線を合わせた。
右眉の上の、横に走った刀傷が特徴的だ。
「なに? ここは通せないよ?」
「えーっと……」
しまった。あまり考えていなかった。
アメリ国王には借りがある。ほとんどプルルスの脅迫だったけれど、お店の土地と、同時に建物を格安で貸してもらっている。しかも資金援助まで。
せめて完成したカステラを食べてほしい。
でも、幼女の差し入れなんて国王にまで渡るわけがない。
途中で捨てられるのが目に見えている。
なにか、なにか――
「あのっ!」
「ん?」
「ア、アメリ国王様は、小さいのにいつもがんばってるって、聞きました! だから、カステラ、渡してください! いつもありがとうって伝えてくだしゃっ――いたい」
慣れない棒読みの芝居をして、最後に噛んでしまった。
顔が一気に熱を帯びた。ひどい醜態だ。身内がいなくて助かった。
しかも思いつきが苦しすぎる!
でも、これしか思いつかなかったのだ。
もう当たって砕けろ、だ。
「そうかい、ありがとうよ」
「へ?」
男のごつごつした手が私の頭に、ぽんと置かれた。
目尻を下げ、困ったように言った。
「お嬢ちゃんの気持ちはちゃーんと伝えてとく。おじさん、約束する。国王様は……絶対喜んでくれるはずだ」
「う、うん」
「もしかしたら、国王様は嬉しくて嬉しくて、お礼の手紙を書くかもしれねえぞ」
「……ほんとに!?」
私は目を丸くした。
そんなに律儀な国王だとは知らなかった。
でも、国王が国民の差し入れに毎回手紙を書くなんて、あり得るだろうか。
疑念を抱いて顔を寄せた私に、何を勘違いしたのか、男が慌てて咳ばらいをした。
「もしかしたら、だ。ちょっと言い過ぎたかもしれねえ」
「え、そっか」
「あっ、いや、でも、あるかもしれねえ。星にお願いしたら、叶うかも……、ほ、ほら……流れ星が消える前に、願い事言うと……みたいな……」
「うん……」
だいぶ言葉が弱くなっていった。これは全然ダメなやつだ。
リップサービスだったようだ。
彼は、私の戸惑いを勘違いして、『お礼の手紙に期待してしまった幼女が肩を落としている』とでも思ったのだろう。次にかける言葉に悩んでいる。
あんまり突っ込むのは気の毒なので、さっさと退散した方がいい。
私は言葉を待たず、ぺこっと頭を下げて、その場を離れた。
最後に念押しをするために振り返った。
「ぜったい、それ渡してね!」
その言葉に、男は表情をきりっと締めて「任せな」と親指を立てた。
切り替えが早い。案外、頼りになる人なのかもしれない。




