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婚約者もどきの公爵令嬢アシュリー  作者: 柑橘眼鏡
本編

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第27話

 聖剣の日が過ぎると、あっという間に一年最後の日がやってきて、新しい年になった。


 オリエンテーションまで残り三ヶ月を切ったことにより、トレーニングの内容はより濃いものになっていた。寒いし、運動量は多いしで、辛いと思うことはあるものの、効果を実感しているアシュリーは、自分を励ましながらジェラルドの課題を乗り越えていく。


 以前と比べて軽やかに動けるようになれたのも、アシュリーにとって嬉しくもあり、楽しくもあった。それに加え、自身が贈った手袋をジェラルドが身に着けてくれるのを見るのが嬉しくて、幸せで、トレーニング日が待ち遠しかった。


 新しい年になって幾ばくか経ち、落ち着いてきた頃のトレーニング日、ジェラルドは帰り間際、いつもの様に、ご褒美のキャラメルをアシュリーに手渡していた。



「はい、アシュリーちゃん。今日の分をどうぞ」



「ありがとうございます! いただきますね」



 視界に入る手袋に温かな気持ちを抱きつつ、アシュリーは受け取る。何度食べても飽きないこの味。少し前まではただただ甘くて美味しいキャラメルだったけれど、最近は少しだけ感傷的な気持ちにさせた。


 キャラメルを貰う時は大抵トレーニングが終わった後。アシュリーの中で、ジェラルドとの楽しい時間が終わる象徴にもなっていた。


 何とも言えない甘さと切なさを味わいながら、微笑むジェラルドを見つめる。



「最近、凄い頑張ってるよね。アシュリーちゃんの想いが反映されてるのかな。この調子なら、殿下もきっとアシュリーちゃんの魅力に気づくよ。オリエンテーション、楽しみだね」



 ――――オリエンテーション。


 その言葉に、何故だかアシュリーの胸はざわめく。その日が来たら、もうジェラルドと会うことはないのだろうか。せっかくこんなにも仲良くなれたのに。


 学園生活はもちろん楽しみだし、アルフレッドがどんな反応を見せてくれるのか、考えるだけでわくわくする。しかしながら、それと同時に、ジェラルドとの日々が無くなってしまうのが、少し怖くなる。


 でも、きっと、いつかは受け入れなくてはならない日が来るのだろう。アシュリーはそのことに気づき、動揺する。



「そう、ですね」



 ぎこちない返事になってしまうも、ジェラルドはコートから何かを取り出すのに一生懸命だったようで、アシュリーの異変に気づかなかった。



「そうそう、アシュリーちゃんに渡そうと思って……。確かここに……、あったあった!」



 ジェラルドはお目当ての物を見つけると、すぐにアシュリーに差し出す。手紙だった。



「アシュリーちゃん、よかったら来てね。聖剣の日に話したチャリティーイベントの招待状だよ」



 改めて視界に入る手袋に、アシュリーの落ちていた気持ちはあがっていく。ゆっくりとそれを受け取ると、爽やかな柑橘の香りが漂い、鼻孔をくすぐった。香りもアシュリーの気持ちを落ち着かせるのに、役だった。



「ありがとうございます。兄と一緒に伺いますね」



「うん、そうしてくれると嬉しいな。母が久しぶりの王都に興奮しちゃって、結構な人数を呼んでるみたいなんだ。気心の知れた人が傍にいてくれると心強いよ」



 ジェラルドは眉尻を下げながら言う。



「バザーは昼過ぎから夕方まで行って、その後軽食を挟んだ後に劇が始まる予定なんだ。よかったら遅めの時間に来てくれると助かるな。一通り紹介した後、別室に案内するよ。そこで三人だけで軽食を食べよう」



「ジェラルド様がそう仰るのなら、少しゆっくりしてからお伺いします」



「うん、そうしてもらえると助かるよ。ご婦人方と軽食を共にしたらどんな目に遭うか……。想像するだけで恐ろしい」



 大げさに腕をさすりながら震えるジェラルドに、アシュリーは思わず笑い声を漏らしてしまう。



「確かに、心休まることは無さそうですね。お力になれるのなら喜んで」



 アシュリーの心からの声に、ジェラルドは安堵の笑みを浮かべた。


 自分と兄で助けられることがあるのなら、助けたい。だって、まだ何もジェラルドに恩返しをできていないのだから。そうアシュリーは思いながら、もう一度手元にある手紙を見つめた。


 チャリティーイベントに向けて、アシュリーは運動量を更に増やすことにした。ジェラルドの友人として参加するのだから、恥ずかしい姿は見せたくない。中身も大事だが、外見も大事なことを知っているアシュリーは、少しでも痩せることを願って、ランニングを毎日行うようにした。


 ――そう、どんな天気でも。



「お嬢様、外は雪です! こんな時に外へ出てしまっては、身体を壊してしまいます!」



 カリスタの一生懸命止める声が響く。アシュリーはその言葉を背中で受け止めながら、速度を落とさずに廊下を歩いていく。



「大丈夫よ、これぐらい。大したことないわ」



 確かに雪は降っているが、外の寒さは普段より少しだけ寒いぐらいだ。アシュリーにとっては、誤差の範疇だった。


 アシュリーの返事に納得のいかないカリスタは、さらに言葉を重ねていく。



「チャリティーイベントはもう明日なのですから、今運動しても変わりは無いのではございませんか? 今日はゆっくり休んで、明日に備えましょう!」



「気持ちの問題よ。気持ちの問題! それに最近体調が良いの。昔に比べて、体調を崩すこともなくなったし。それもきっと運動のお陰よ。なら、今運動をせずして、いつ運動をするというのかしら?」



 そう軽やかに告げ、アシュリーは温かな部屋から庭へと出て行く。



「お嬢様はどうしてそう極端なのですか……」



 カリスタの呆れた声はアシュリーに届くことは無かった。


 勢いよく庭へ出たアシュリーは思わず身震いをする。思っていたより寒かったのだ。雪もかすかに積もっている。だが、走れなくはない。想像以上の寒さではあるが、何とかなるだろう。と自分に言い聞かせる。



「雪の中でも頑張る私、偉い」



 降り頻る雪の中、アシュリーの自画自賛は誰にも届かず消えていった。


 案の定濡れて帰ってきたアシュリーに、カリスタは絶句しながらお湯の準備と温かな飲み物の準備を同時並行で進め、器用にアシュリーへ苦言を呈した。

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