第26話
イードンに言われた場所に向かうと、そこにはフィルエンドだけでなく、父であるダリウスもいた。
「二人とも悪いな、呼び出してしまって」
「いえ、それはいいのですが。お兄様、一体どのようなご用件で?」
アシュリーが訪ねると、フィルエンドではなくダリウスが答えた。
「私がお願いをしたんだ。アシュリーがいつもお世話になっていると聞いてね。ジェラルド殿にお礼を言いたくて。ジェラルド殿、いつもありがとう。お陰さまで娘は毎日楽しそうだ」
事実とはいえ、親のダリウスが目の前でジェラルドにお礼を言うのは、なんだか恥ずかしく感じてしまう。アシュリーは徐々に居心地の悪さを覚えてきた。
「お礼を申し上げるのはこちらの方です、公爵。レディ・アシュリーのおかげで、私の日々も色鮮やかになりました」
温かな声色で告げられる言葉に、恥ずかしさで耐えられなくなったアシュリーは顔を下に向ける。
暫くその状況を耐えていると、話は変わってジェラルドの家の話になった。
「ところで、ご領地が竜巻の被害に遭われてご苦労されていると伺いました。侯爵はその処理に追われているとか。お姿を暫く見ることが出来ておりませんが、お元気でしょうか」
「ええ、便りを見る限り元気そうです。領地の整備も順調に進んでいるようでして。年明け、母が戻ってくることになりました。チャリティーのバザーを開くとか、なんとかで」
「チャリティーのバザーですか?」
アシュリーが訪ねると、ジェラルドは詳しく答えてくれた。
「うん、そうなんだ。特産品などを色々と扱っているみたい。元々は領地で母の親しい人だけを招いて行ったんだけど、参加者のとある公爵夫人から是非王都でもと声をかけられたらしくてね。それで今度、うちの屋敷でバザーを開くことになったんだ。夜は領地の劇団員を呼んで、劇を行うみたい」
「面白そうですね。私も参加できますか?」
「もちろん。母に招待状を送るよう伝えておくね」
ジェラルドは笑みを浮かべながら大きく頷いた。フィルエンドも関心があったのか、自分の分も手配してもらうようお願いをした。快諾したジェラルドはダリウスにも尋ねていたが、ダリウスは遠慮するとのことで、断っていた。
その後、暫くは世間話で盛り上がっていたのだが、何故かまたアシュリーの話になってしまい、当の本人は居た堪れない気持ちでいた。フィルエンドがアシュリーの気持ちに気づいて話題を変えないかと願ったものの、フィルエンドは微笑んでいるだけだった。
離れたいのに、離れられない。耐えるしかないのか、そう思っていたところ、アシュリーに救いの手が差し伸べられた。
「アシュリー、ちょっといいかしら?」
声の主は母のロレッタであった。このチャンスを逃してはいけない。そう思ったアシュリーは、用件も聞かずにすぐさま三人に断りを入れて、その場を離れた。
「お母様、どちらに向かっているのですか?」
どこかを目指しながら歩いていくロレッタについていきながら、アシュリーは尋ねた。ロレッタは何を今更という表情を浮かべらながら答える。
「王妃様のところよ」
さらりと返された答えにアシュリーは一瞬立ち止まってしまう。
ロレッタは気にせず進んでいくので、置いて行かれないようにアシュリーは追いかける。さっきの場所も居づらかったが、今度の場所も心休まる場所では無いようだ。
玉座には王妃の姿だけで、国王の姿は見えなかった。どこかで会話を楽しんでいるのだろう。ロレッタとアシュリーの姿を確認した王妃は立ち上がって、嬉しそうに二人のところへ歩み寄る。
「二人とも、会いに来てくれたのね。嬉しいわ」
歓迎の言葉を受けながら、ロレッタとアシュリーは淑女の礼をする。王妃はアシュリーの姿に感銘を受けたらしく、満面の笑みを浮かべた。
「アシュリーったら、とても綺麗になったわね。この年頃の女の子は、どんどん綺麗になっていくから素敵ね。それに比べてアルフレッドはどんどん可愛げがなくなって――――」
王妃の愚痴にロレッタも共感するところがあったらしく、二人はそれぞれの思いの丈をぶつけあっていく。王妃と公爵夫人、ではなく、ただの友人としての会話が繰り広げられていく。どうしようもないアシュリーは、今日何度浮かべたか分からない曖昧な微笑みを浮かべながら、その場を耐えた。
国王が玉座に戻ってくるまで、そのやり取りは続いた。
母から解放された後、アシュリーは何人かの男性から声をかけられてダンスをすることができた。今までの聖剣の日は、食事を終わりが来るまで楽しむだけだった。もちろん、それも楽しかったが、こうやって他者との交流を深めるのは、楽しくもあり、刺激的だった。
時間が流れていくのも早く、あっという間におひらきの時間となった。
アシュリーは馬車に揺られながら、今日一日を振り返る。
ジェラルドとのダンスはとても楽しくてあっという間だった。その後のアイスは格別の味で、全てが素敵だった。この前の夜会みたいな恥ずかしい思いをジェラルドにさせることも無かったように思える。今日は無理をしてコルセットを締め上げた甲斐があった。
それにアプロの反応は面白かった。もやもやした気持ちが晴れるほど、痛快だった。アシュリーは思いだしながら口角を上げる。……そういえば、どうしてもやもやした気持ちになったのだろうか。色々あって忘れてしまった。必死になって思い出そうとしていると、向かいの席に座るフィルエンドが静かに語りかけてきた。
「ねえ、アシュリー」
「……なんでしょう、お兄様」
必死になっていたため、返事が遅くなってしまう。フィルエンドはこちらに顔を向けずに、窓の景色を眺めていた。暗くて街灯の光以外何も見えないはずなのだが、それでも面白いのだろうか。
「僕はね、アシュリーが選んだ道を応援するから」
「…………?」
フィルエンドの発言の意図が分からない。アシュリーが首を傾げていると、フィルエンドがゆっくりと顔をこちらに向ける。少し寂しそうな顔をしているのは、気のせいだろうか。いつもは眩しい金髪もこの暗闇に輝きを失っていた。
「大切な妹の選択を大切にしたいんだ。だから、アシュリーの答えが出たら、遠慮なく言ってね。力になれることは全部するから」
「あ、ありがとうございます」
真意は分からないが、アシュリーのためを思っての発言だということは理解できたので、とりあえずお礼を伝える。アシュリーの返事に満足したフィルエンドはまた窓に視線を戻した。
アシュリーもつられて窓を覗いてみるが、やっぱり暗くて、何が面白いのか全く分からなかった。




