第25話
賑やかな会場を後にし、別室に設けられた軽食エリアへと向かう。ジェラルドは壁際にあるソファをアシュリーに勧め、一人でアイスを取りに行った。
どんな時も紳士的なジェラルドに何度目かの感動を覚えながら、アシュリーは勧められたソファに座って辺りを見渡す。同じようにダンス終わりの会話を楽しむ男女がいて、自分たちがどんな風に見られているのか、気になってしまう。自分が横にいることで、ジェラルドの名誉に傷がつかないことをアシュリーは願った。
ジェラルドはアイスとスプーンを両手に持ちながら、笑顔で戻ってきた。
「やっぱり、これが一番だよ! さあ、アシュリーちゃん、どうぞ」
手渡されたガラスの器は冷たかったが、火照った身体には気持ちが良かった。心拍数も落ち着きそうだ。さっそく一口すくって、味わう。舌に広がるひんやりとした甘さがたまらない。毎年食べているはずの王室のアイスだが、今日は運動後というのもあって、格別だった。
「とっても美味しいです! こんなに美味しいアイス初めて食べました」
「そうでしょ? アシュリーちゃんとこの美味しさを共有できて嬉しいよ」
ジェラルドは得意気に言うと、もう一すくいして口に運ぶ。頬を緩ませながら食べていくその姿が、やけに可愛くみえた。
一口、一口丁寧に食べているつもりだったが、すぐに終わりが見えてしまう。ジェラルドはもう食べ終わったようで、空の器にはスプーンが入っているだけだった。
ジェラルドの食べる早さに振れようと、アシュリーは器からジェラルドに視線を移す。すると、何故かばっちりと目が合ってしまう。こちらを見ていたのだろうか。思わず顔が赤くなる。変な食べ方はしていなかっただろうか。嫌な汗まで流れてきた。
恥ずかしさで頭が真っ白になっているアシュリーの代わりに、ジェラルドは口を開こうとするが、それよりも早く若い男の声が響いた。
「隊長! こんなところにいらっしゃるとは!」
闖入者に驚きながら視線をそちらへと向ける。
ジェラルドを隊長と呼んだ男は、アシュリーより少しだけ歳上のように見えた。夜会服をあまり上手に着こなせておらず、垢抜けない印象だ。少し型が古い気もする。
きっと騎士に属する貴族なのだろう。ジェラルドは嫌な顔をせずに挨拶を返した。
「君も来ていたんだね。元気そうで何よりだよ」
「隊長もお元気そうで。そちらは公爵家のご令嬢ですよね? 是非、私にもご挨拶を」
遠慮のないお願いに、流石のジェラルドも困った顔をしたものの、無下にはできないのか、アシュリーに申し訳なさそうな視線を送ってきた。アシュリーはそれを同情の表情で受け止め、承諾を伝えた。
形式ばかりの挨拶を済ませる。目の前の男は、子爵家の次男坊であることが分かった。
以前イードンから聞いた話が脳裏を過る。自分を売り込みに来ているのだろうか。それにしてはタイミングが悪すぎるのではないかと、アシュリーはぎこちない微笑みを作りながら心の中で思う。
「いやー、隊長の人脈の広さには驚かされます!」
「あはは……、ありがとう」
ジェラルドは困った顔をしながら笑っていた。
どう考えても心の距離があるのに、この令息は気づかないようで、取って付けたような褒め言葉をどんどんジェラルドにぶつけていく。
「流石ですね、隊長!」
「知りませんでした!何でもご存じですね!」
「凄い、凄すぎます!」
「センスが良いですよね、いつも参考にしています!」
「そうなんですね!」
ジェラルドの僅かな返事を膨らませては上げていく。終わりが見えないこの一方的なやり取りに、ジェラルドはもちろん、アシュリーもうんざりしていく。どうにか抜け出せないものかと辺りを見回す。良いアイデアは浮かばない。
自分の機転の利かなさにもうんざりしたアシュリーは、思わず俯く。すると、手元のアイスが目に入る。
これだ、と思った瞬間、アシュリーは声を出した。
「いやぁ、ほんと、隊長は――――」
「ジェラルド様」
止まらないおべっかは、アシュリーの一言で静かになった。突然の発言は、いつもと違って冷たさを含んでおり、ジェラルドは呆気にとられる。
「アイスを食べたら身体が冷えてしまったようなの。温かい紅茶をいただきたいわ」
子爵家の令息に圧をかけるために、少し高飛車な言い方をする。ジェラルドは心得たと言わんばかりの笑みを浮かべたかと思うと、すぐに申し訳なさそうな表情を作り始める。
「気づかなくてごめんね。紅茶、いっぱい種類があるみたいだから、一緒に選ぼうか」
「ええ、お願いするわ」
「じゃあ、これで。隊の皆によろしくね」
さっさと失礼しようと二人は勢いよく背を向けるも、粘る令息に呼び止められる。
「じゃあ、僕もご一緒させていただいてもいいですか?」
勘弁して欲しいと思いながら、改めて令息の方に身体を向ける。この諦めない男をどう対処すれば良いのか。策略など得意でないアシュリーは精一杯考える。やはり浮かばない。お手上げだ。そう思った刹那、聞きなれた声が響いた。
「二人とも、そこにいたのか」
現れたのはイードンだった。
「あれ、お前は――――」
令息の存在に気がついたイードンは声をかけようとするが、その相手はイードンの姿を確認した途端、慌て始めた。
「ロ、ロ、ロズダリーダー! ……じゃ、じゃあ、僕はこれで!」
さっきまでのしつこさは何処へ。令息はすぐに去っていった。あまりの変貌っぷりにアシュリーは訝しげにイードンへ尋ねる。
「イードン様、あの方と何かあったのですか?」
「いや、何もない。あいつがジェラルドのような隊長職と楽しく会話してるのを、丁寧に止めていたら逃げるようになっていっただけだ」
それは何かあると言うのではないだろうか。
「イードンにはいつも助けられてばかりだよ。ありがとう。アシュリーちゃんもありがとうね」
ジェラルドのお礼にアシュリーは頭を振って謙遜をする。イードンも手を横に振りながら答える。
「あー、気にするな。それに俺は本当に二人に用があっただけだ。フィルエンドが話をしたいらしい。舞踏室のテラス沿いの壁近くにいるはずだから、後は任せた」
突然の兄の名に驚く。心当たりのないアシュリーは、ジェラルドの顔を見るも、そちらも思い当たる節は無いようだ。
「フィルエンドが? うーん、なんだろう。よく分からないけど、とりあえずいこっか、アシュリーちゃん」
「ええ、そうですね……。イードン様もありがとうございました」
「大したことじゃないから、礼は不要だ。じゃあ、俺はこれで」
そう告げるとイードンは去っていった。
それじゃあ、と思って動こうとするも手元にガラスの器がまだあることを思い出す。ジェラルドに断りを入れて給仕の元へ向かおうとするも、器はアシュリーの手から離れていった。ジェラルドは二人分の器を持ちながら恭しくアシュリーに尋ねる。
「お嬢様、温かいお飲み物はいかがいたしましょう?」
その場を対処する為だったとはいえ、自分の高飛車な発言を思い出し、顔が赤くなる。
「あっ、あれは、その場から離れる為でしたから、大丈夫です! 寒くないです!」
必死なアシュリーの否定に、ジェラルドは楽しそうに笑った。




