いい夫婦の日、らしい(後編)
十時には、庭園へ着いた。土曜日なので、人はそれなりに居るものの、敷地が広いのであまり気にならない。
案内板付近にある、木製のベンチに並んで腰掛けて話しをしている老夫婦を横目に捉え、泰騎は目を細めた。
「ワシらも五十年後、一緒に紅葉狩り出来たらええなぁ」
「半世紀も先の事より、来年がどうなっている事か……」
「来年の今頃は、まだ東京に居るで」
「んー……、まぁ、それもそうだが……」
「あっ駄目じゃ!」
突然の大声に驚いた小鳥が、何羽か飛び立った。
潤も少し驚いて、動きが止まった。
泰騎は何やら、あわあわと覚束無い手付きで、潤の両肩を掴んだ。
「この時期は、新婚旅行に行く予定じゃったわ!」
深刻そうな顔で打ち明けるものだから、一体何かと思えば……。と、潤は脱力する。
泰騎は、何でがっくりしとん? と、不服そうだ。
「紅葉狩りなら、日本のどこででも出来るだろ」
苦笑混じりで潤が言うと、今度は泰騎が動きを止めた。そっか、と呟き、辺りを見回す。
赤色と黄色と緑色のコントラストに加え、幹の茶色や、石の灰色が落ち着いた雰囲気を演出している。
「それもそうじゃけどな。パリのパン屋とかで買い物する潤は、絶対画にな……、あー、ニューヨークのタイムズスクエアもええな……」
「泰騎くん?」
うんうん唸っている泰騎の斜め後ろに、可愛らしい砂糖系の顔をした青年が立っていた。ふわっとしたキャラメル色の髪が、青年を少し幼く見せている。
「あ、真輝ちゃん。奇遇じゃなぁ。散歩?」
『真輝ちゃん』は泰騎の顔を確認すると、表情をぱあぁっと明るくした。しかし、その笑顔は秋空のように急に曇り、わぁっ! と泣き出した勢いに任せて、泰騎にドムッと抱きついた。
「うぇぇっ! 彼氏に振られて、傷心散歩中だったんだよぅ! 泰騎くん、慰めてぇぇえ!」
わぁわぁと泣き喚く真輝ちゃん。
あわあわと、潤と真輝ちゃんを交互に見る泰騎。
その様子を眺める潤。
十中八九、泰騎の“元カノ”だろうと確定した潤は、小さく嘆息した。
「取り込むなら、俺は先に行くぞ」
このひと言で、初めて潤の存在に気付いたらしい真輝ちゃんが、潤を振り返る。
かなり目立つ容姿をしている潤が眼中に無かったのだから、本当に泰騎の事しか見えていなかったらしい。
真輝ちゃんは、鼻を啜りながら泰騎に向かって、誰? と訊いた。
そんな真輝ちゃんを引き剥がそうと腕を突っ張ったが、彼はなかなかの豪腕らしく、失敗に終わった。なので、泰騎は体を捻り、去ろうとしている潤の腕を引き寄せた。
「ワシの嫁さ……じゃのうて、生涯の相方じゃって! ワシ、結婚したって言うたじゃろ!?」
泰騎の言葉を聞いた真輝ちゃんは、ふぅん……、と、泰騎に向けていたものとは一八〇度違う視線を、潤へ向けた。
そんな真輝ちゃんに抱き付かれたまま、泰騎は視線のみでSOSを送る。その瞬間、カチッという音が泰騎にのみ届いた。
潤が仕事モードに切り替わった音――確実に幻聴の部類――だ。
「初めまして。二条潤と申します。泰騎がいつも、お世話になっております」
朗らかな笑顔を向けられ、真輝ちゃんが怯む。だが、まだ攻撃的な感情を剥き出しにしている。
潤は笑みを維持したまま、言葉を続けた。
「抱き付くくらい仲良くさせてもらっているんですね。有り難うございます。泰騎は昔から、そういった関係のご友人が多くて。正直、こちらとしても把握しきれないと言いますか……」
「って、潤……遠回しに嫌味言うとる?」
潤は笑顔を解いた顔を、泰騎へ向けた。
「事実だろう?」
「そうじゃけど、そうじゃねぇって。何度も言うけど、潤が居りさえすれば、ワシは他に誰も要らんし! そろそろ信じてや!」
泰騎は泰騎で、潤の事以外はアウト・オブ・眼中だ。ひと月前と違うのは、それを口に出すか、出さないか、の差しかない。
「信じるか信じないかで言うと、俺はこの十五年間、泰騎の事を信じなかった事は、無い。俺はただ、事実を述べただけだ」
「その言い方に、トゲがあるんじゃって」
「言っている意味が分からない」
「じゃからー! あー、もう! 嫉妬してくれるんはめちゃくちゃ嬉しいんじゃけど、無自覚なんがめちゃくちゃ悔しい!! でもやっぱり嬉しいから許す! 取り敢えず、ハグさせろ!」
「却下だ」
「なんでー!?」
いや、公共の場だから。と潤が言うと、泰騎はいじけて背を向けた。
潤の頭上には疑問符が飛んでいる。
「さっきから何を言っているのかよく分からないが、“真輝ちゃん”とやらが、フラフラとどこかへ去っていったぞ」
ふたりが言い合っている間に、真輝ちゃんは忽然と消えていた。
潤は、よかったのか? と問うが、泰騎は、放っとけばええって、と肩を回しながら、大きなイチョウの木を見上げた。
「ところで、さっき腕を引っ張った時にポケットからカサカサ音がしたけど、何が入っとん?」
潤が取り出したのは、小さな、二重にしてあるビニール袋。
「銀杏を……」
「…………」
泰騎が、銀杏拾いは臭いから、と嫌がる事は、潤も知っている。だから、袋を二重にしている。
「塩とオリーブオイルで炒めれば、酒の肴になるかと思ったんだが」
それを聞いて、泰騎は両手を上げた。
「ええよ。もうあんまり残ってねぇかもしれんけど、拾って帰ろ」
泰騎は、茶碗蒸しも作ろっか、と袖を捲った。
後に、ペンギン夫婦と呼ばれるふたりの、秋模様。
11月22日は、いい夫婦の日だという事で。
ついでに、誠に私事で恐縮ですが、私の誕生日でもありまして。ハッピィバァスディ、私。
とにかく何かやりたくて、小話を書いてきた次第であります。
ついでに絵も置いていきます。
泰騎の外出用コーデが決まらなくて、結局いつものになりました(時間がなくて描けなかっただけ)。
イチョウの木が、オスかメスかっていうツッコミはなしの方向で(笑)
前編で既に砂を吐き出しそうになって、書くのを止めそうになったりなんかもしましたが……。
取り敢えず、ウサギとヘビが仲良くしている様子が書けて満足であります。
……ただイチャコラしているだけか……。
潤の仕事用スマイルは『より平』でも健在であります(笑)
本人、かなり無理してます。
因みに、普段のウサギとヘビは熟年夫婦的なイメージで書いています。
(ついでに、『より平』の鳥と魔女は“バカップル”なイメージ)
空気です。空気。
話さなくても意思の疎通が出来る的な。(矢羽根の一種なのかもしれない)
まぁ、ウサギの、気持ちが悪い程の愛情はスルーされがちですが。
それが通常運行の、彼らです。
因みの因みに、真輝ちゃんは自分が可愛い事を理解している、あざと系ネコさんです。
他にも目をつけているイケメンが、何人か居るらしいとかなんとか。




