ウサギとヘビのハロウィン(BL風味SS)
「お菓子をくれんと悪戯するでー。イタズラ、イタズラー」
昼過ぎに事務所へ帰って来た所長は、何の曲かは不明だが、鼻歌混じりで駄菓子の袋を広げていた。
デスクの上には、数種類の駄菓子の小袋が散乱している。
「十二人分の菓子袋を作ろうと思ってな!」
と所長は、室内に居る相方に笑いかけた。
ハロウィンといえば、お菓子とイタズラ。近年、祭り好きの日本人は、様々な手法でこの行事を楽しんでいる。
祭り好きの所長は、イベント事には乗るタイプの人間だ。要するに、騒ぐのが好きな性分なのだ。
対して、その相方である副所長は、なるべくなら静かに過ごしたい性分なのだが――残念ながら、この相方と一緒に居る限り、そんな生活は望めない。
小さな溜め息をひとつ漏らすと、副所長は「じゃあ、六袋」とひと言。
透明な包装用PP袋を六枚、受け取った。
駄菓子の詰め合わせが、十二袋。
この事務所員の人数は、十四人。
「よし。っちゅーわけで、潤」
名前を呼ばれた副所長は、首を傾げる。
「お菓子をくれんと悪戯するでー!」
「あぁ。菓子なら……恵未から貰った、抹茶のダクワーズが……」
デスクの引き出しに掛けた副所長の右手を、所長の左手が制した。それはもう、凄い速さと、凄い力で。
「いやいやいや。そうじゃねーじゃろ」
「は?」
菓子なら……、と反復する副所長を、所長は更に制止する。
「菓子は要らんから、悪戯させろ。っちゅー事じゃって!」
「悪戯……? 今朝起き抜けに、俺の背中に手を突っ込んできただろ。まだ何かする気か」
副所長の言い分に、所長は言葉を詰まらせた。
図星だ。
確かに、朝イチで悪戯を仕掛けている。
だが、その程度の反論で、引き下がる所長ではない。
満面の笑みで以て、堂々と、宣言した。
「もちろん! 逆に、もう何もせんと思ったんか」
こうなったら、話を聞くような人物ではない。
副所長は諦めて、何をするんだ、という意味を込めて「で?」と返した。
それを聞き届けるや否や、所長は両手を、副所長の両脇腹へ宛てがった。
「ひッ!? ちょっゃ、やめ! だか、それっ駄……ッ、ひゃ――ッッ」
昨日から所長のお気に入りとなっている、“脇腹こちょこちょ”。
所長は、これがやりたくて仕方がなかったのだ。
副所長がヒィヒィ言っていると――、ガチャ。
と、唐突に部屋の扉が開いた。
そして、今まさにこの部屋へ足を踏み入れようとしていた紫頭の人物は、部屋へ入る事なく、無言で扉を閉め、静寂だけを残して去って行った。
数秒の沈黙。
「今の、何か……誤解された気がする……」
後ろから副所長に抱き付く体勢で“脇腹こちょこちょ”をしていた所長は、無言の扉を見詰めて、口元を引き攣らせた。
『ウサギ印の暗殺屋~13日の金曜日~』最終話直後、『ウサギ印のハロウィン~臨時ボーナス争奪戦~』直前の話でした。
内容の関係で、『臨時ボーナス争奪戦』の後ろに掲載してあります。
因みに、“脇腹こちょこちょ”は番外の『その後の一日』で初登場しています(笑)
余談の更に余談ですが、泰騎の体温は37℃超えです。あったかいです。
朝の悪戯時は、水仕事直後でした。




