90 告白(1)
そういう経緯でカリオテに向かった四隻の黒い軍用船は、ガルマニア帝国の軍旗を掲げてはいたが、乗組員の殆どはマオール人であった。
抑々ガルマニア帝国には、大きな船を造る技術がなく、それを操舵する人材もいないのである。
その僅かしか乗っていないガルマニア人の中に、なんと、あの軍師ブロシウスがいた。
宰相のチャドスに、軍事と外交の最高責任者は自分だからと、強引に捻じ込んだのである。
「少なくとも、わしの目の届かぬところで交渉を進めさせる訳にはいかんからな。どうだ、カノン、結界は?」
ブロシウスの船室に、入念に結界を張っていた魔道師のカノンは、「まずは、大丈夫かと」と告げた。
ブロシウスは依然として武官の制服を着ている。
前の宰相ザギムと違い、マオール人であるチャドスは、やたらと儀礼に拘った。
軍師が魔道師の格好をするのは如何なものか、と再三厭味を言われたのである。
「ええい、暑苦しい!」
寒冷な森林地帯であるガルマニアに比べ、南の大海の暖流が打ち寄せる沿海諸国は、年中温暖である。
我慢し切れなくなったのか、ブロシウスは制服を脱ぎ捨てた。
下着姿になると、小柄で髪の薄い、貧相な老人にしか見えない。
「許せ、カノン」
本心はともかく、カノンは「どうか、お気になさらずに」と平静に応えた。
カノンの方は魔道師のマントを着ているが、室内なのでフードは下ろしている。
従って顔が見えているのだが、髪も目も茶色という以外、際立った特徴のない平凡な容貌をしていた。
普通の服を着て群衆に紛れれば、まず見つからないであろう。
ブロシウスは下着姿のまま、大きな安楽椅子にドカリと乗った。カノンもその横の腰掛けにチョコンと座る。
「さて。カノンはどう見る?」
いきなり尋ねられて、カノンは小さく首を傾げた。
「どう、とは?」
「この、マオール帝国の大盤振る舞いよ」
言いながら、ブロシウスはぐるりと周りを手で示した。
カノンは微かに肩を竦めた。
全ての動作が控え目のようである。
「わが帝国と誼を結びたいのでしょう。ガルム大森林に隔てられているとは云え、隣国ですから」
「阿呆! マオール人が、そんなお人好しであるものか! 下心があるに決まっておるわ!」
「下心、ですか?」
「ああ。まあ、何が目的かは、わしもまだわからんが、何かあるはずだ」
「密かに調べてみましょうか?」
「いや、今はまだ駄目じゃ。こちらの動きを気取られる。当面はカリオテとの交渉に専念するさ。マオール人は、いずれ必ず尻尾を出す。それまで待て」
「畏まりました。それにしても、カリオテはウルス王子を引き渡すでしょうか?」
ブロシウスは自信ありげにニヤリと笑った。
「それ以外の選択肢は、ない」
軍用船来航の翌日、ウルスはツイムに頼んで、自らカリオテの大公宮へ乗り込んだ。
カリオテの元首は大公であり、正式にはカリオテ大公国と呼ばれる。
大公宮に入ると、付き添って来たツイムは控えの間に待たされたが、王族であるウルスはすぐに謁見の間に通された。
現在のカリオテ大公は、スーラ三世であった。
如何にも南方の長者という穏やかな風貌であったが、今は突然の外交問題の苦悩のためか少し窶れて見える。
それでも、ウルスの姿を目にして、懐かしげに微笑んだ。
「おお、凛々しくなられたのう、ウルス王子。覚えてはおられぬだろうが、王子ご誕生の砌、バロード王家にお祝いに伺った際、一度だけお顔を見させていただいた。その後、王家のご不幸にて、さぞやご苦労なされたであろう。余も胸を痛めておりましたぞ」
ウルスは少し震える声で「この度は、ありがとうございます、殿下」と言って、ゴクリと唾を呑んだ。
「大変ご無礼かとは存じますが、お人払いをお願いします」
居並ぶ重臣たちがザワつき、「失礼極まる!」という声も聞こえた。
スーラ大公は、「静かにせよ!」と一喝した。
「皆の者、下がるのだ! 余と王子だけでお話しする!」
家臣全てが退室すると、大公はニコリと笑って「これでよろしいか?」とウルスに聞いた。
ウルスは「ありがとうございます」と礼を述べ、また唾を呑んだ。
「申し訳ございませんが、これから見聞きされることについては、何卒、ご内聞にお願いします」
大公は、不審な顔をしたが、何か事情があると察したらしく、頷いた。
「わかり申した。秘密にいたしましょう。では、どうぞ言ってくだされ」
ウルスの顔が一旦俯き、再び上がって来た時には、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わっていた。
「お初にお目にかかります、大公殿下。バロード王家の王女、ウルスラにございます」




