84 接点
湊町リードの消火活動には、無論ゾイアたちも協力した。
燃え残った木材は一箇所に集められ、敵味方の遺体を焼くのに使われた。
辺境に近いため、腐死者となる虞があるからである。
その後、敵味方なく懇ろに葬った。
「こう言ってはなんだが、意外に死者は少なかったな」
正直な感想を洩らしたのは、黒髭のボローである。
ニノフも憮然とした顔で頷いた。
「それだけ敵の逃げ足が速かった、ということさ」
横で聞いていたゾイアが、「いや、おおよそ話は聞いたぞ。おぬしの決断の賜物だろう」と褒めた。
「そうだろうか」
珍しく自信なさげなニノフの肩に、ボローが手を置いた。
「そうとも。あの時、おまえが只管河へ向かって進めと言ってくれなかったら、今頃おれも燃やされているところだ。それにしても、よく援軍が来るとわかったな」
ニノフは苦笑して何も答えなかった。
その代わり、話題を逸らすようにゾイアに話し掛けた。
「あの箱のような船は凄いな。北方警備軍は、あれを常備しているのか?」
ゾイアは笑って首を振った。
「うちの隊にヨゼフという工兵がいる。言葉が少し不自由だが、機械の天才だ。今回、蛮族が河を渡るという前代未聞の事態が起き、対岸に多数の兵を送る必要が生じた。そこで、北方警備軍の所有する監視船を、ヨゼフが急遽改造してくれたのだ。尤も、当初は、リードはバロード共和国に任せ、われらは他の湊の援護に回るつもりだった」
「ほう。それは、おれたちが大軍で来ると思ったからか?」
ボローが自虐的に聞いたが、ゾイアはまた首を振った。
「そうではない。この顔のせいだ」
ボローは意味がわからないようで、ニノフに目で尋ねた。
「おお、そうだった。ボローは知らんだろうが、以前、ウルス王子の従者でタロスという者がいた。武芸全般に秀でた男だったよ。王宮が陥落した際、王子を連れて逃げたと言われている。ゾイアどのは、そのタロスに瓜二つなのだ。まあ、髪と目の色が違うから、別人だろうが」
ゾイアは「勿論だ」と答えた。
本当のことを言える相手かどうか、まだわからないからである。
「以前バロードの近くを通った時、この顔のせいで拉致され、カルボン卿、いや、カルボン総裁の目の前に引き立てられたことがある。その時は、偶々シャルム渓谷で戦が始まったために、逃げ出すことができた。おお、そうか、その時のおぬしたちの活躍は聞いた。大胆不敵な策戦に感服したよ。ああ、すまん。話を戻すと、カルボン総裁にしてみれば、われは失敬な逃亡者ということになろう。できれば関わりたくない、と思ったのだ」
拉致されたのは顔のせいではないが、タロスではないかと疑われたのは事実である。
しかし、それでニノフは納得したようだ。
「そうか。おれたちはすぐに前線に向かったわけだが、後で、国中が大混乱になっていたと聞いたよ」
ボローもニヤリと笑った。
「なるほど。できれば関わりたくない、という気持ちはよくわかる。あの総裁閣下とはな」
ニノフも「しっ」と窘めながらも笑っている。
ゾイアは両名がカルボンを快く思っていないことを察し、幾分ホッとした。
「では、ここはおぬしらに任せ、われらは当初の予定どおり、他の湊の様子を見て回ることにする」
ニノフもゾイアに親しみを増したようで、別れを惜しんだ。
「おお、そうか。もう行かれるのだな」
「うむ。今回の蛮族の動きは、これまでの歴史にないものだ。われらも心して掛からねばならん。これからも、よろしく頼む」
「こちらこそだ」
互いに信頼できる相手と感じながらも、秘密を共有するまでには至らず、ゾイアとニノフは別れた。
従って、二人を繋ぐもう一つの接点のすぐ傍まで話題が近づきながら、気が付かないままだった。
その接点となるウルスは、悪夢に魘されていた。
それは、あの日の夢だった。
ウルスは自分の部屋の寝台に腰かけていた。
これが夢である証拠に、隣にウルスラが座っている。
現実では、表面に人格が現れる時には交替しなければならないが、基本的には共に眠り共に目醒めるから、夢の中だけは、二人が同時に存在できるのである。
部屋の外では、大勢が騒ぐ声と、何かが燃える臭いがしていた。
突如部屋の扉が開き、血相を変えたタロスが飛び込んで来た。
「何をしているのです! 早くお逃げください!」
恐怖で言葉も出ないウルスの代わりに、ウルスラが答えた。
「わかっているわ。でも、父上と母上が」
タロスの顔が泣きそうに歪んだが、グッと堪えた。
「お后さまはすでに。陛下は暫く応戦されていたそうですが、自室に鍵を掛け、自ら火を」
さすがにウルスラも一瞬言葉を失ったが、気丈に「わかりました。逃げましょう」と告げた。
「では、わたしも一緒に抜け穴へ参ります。すぐにお支度を!」
ウルスラは茫然と座っているウルスを叱りつけた。
「何をしているの! 逃げるのよ! 生き延びて、必ず仇を討つのよ!」




