79 リード湊の攻防(1)
ニノフは一度だけ、アーロンを見たことがあった。
ニノフの母国バロードは中原の西北に位置し、幾つかの自由都市を除けば最も辺境に近い。
歴史的に見ても、辺境伯はバロード聖王家の分家から始まると言われている。
但し、千五百年前にバロード聖王家が当時の辺境伯に北長城の建設を命じたような主従関係は、すぐに廃れた。
千年前の聖王国滅亡時にも、辺境伯が援軍を送ったという記録はない。
逆に、五百年前の『白魔の乱』で辺境が蛮族に蹂躙された際には、当時の中原諸国が連合してスカンポ河を渡って撃退したが、この当時のバロード王家は魔道師の都エイサの中で細々と命脈を保っているのみで、勿論何の手助けもしていない。
しかし、貴族同士の社交関係は、絶えることなく続いていた。
カルスが新バロード王国を建国し、戴冠式を行った際には、当然、前の辺境伯ソロンと共に息子のアーロンも呼ばれた。
実の父親であるカルスを憎んでいたものの、まだ幼かったニノフは悩んだ末に、密かに群衆に紛れ、豪華な馬車で父が式典に向かうところを見に行った。
その時、その後ろの馬車に乗っていたアーロンを目にしたのである。
年齢が近いこともあり、ニノフは、憧れと嫉妬の入り混じったような複雑な感情を抱いたことを覚えている。
今回の機動軍の出陣は、そのアーロンと結んだ同盟によるものだという。
「どうせ、あのクジュケとかいう魔道師上がりが勝手に約束したんだろうさ」
蛮族に占拠されたというリードという湊町に向かって騎馬で進軍しながら、黒髭のボローが吐き捨てるように言うと、並走するニノフは苦笑した。
「おまえは嫌っているが、おれはなかなか面白い男だと思っているよ。それに、機動軍に任せよと最初に言い出したのは、われらが尊敬する総裁閣下であらせられるそうだ」
ニノフの皮肉は、充分ボローにも通じた。
「ふん。実戦も知らんくせに、勝手なことを。あの裏切り者の宮宰め」
「しっ。誰に聞かれるかわからんぞ。口を慎め、ボロー」
「そうだな。おれたちはその裏切り者の配下だったな。だが、ニノフよ。本来なら、おまえの方が主筋だろう?」
「それ以上言うな、本当に怒るぞ」
「いや、これだけは言って置く。もし、いつの日かおまえが王になるつもりなら、おれはおまえにこの身を捧げるぞ」
「もうよせ!」
それ以上話しかけられないよう、ニノフは馬の速度を上げた。
ボローを含め、機動軍全体が慌ててその後を追う。
ボローが追いつく頃には、前方にリードらしい町が見えて来ていた。
「こ、これは……」
息を呑むボローに、馬を停めたニノフが「おれにも信じられん」と大きく首を振って見せた。
町の周辺には、乗って来た舟を分解して作ったらしい防御用の柵がズラリと並べてあった。
先を尖らせた木材を斜めに組んで繋いだもので、別名を拒馬と言うように、馬を近づかせないための柵である。
更に、町のあちらこちらに物見櫓が組まれ、その上に見張り役が立っていた。
早くもこちらの接近に気づいたらしく、「ヒューイ!」「ヒューイ!」という叫び声を上げている。
「どうする?」
不安げに訊くボローに、ニノフは、自分の迷いも振り切るように、きっぱり答えた。
「ここまで来た以上、やるしかない。乗って来た舟をバラしたということは、やつらは退路を断ったのだ。心して掛からぬと、手痛い目に遭うぞ」
「そうだな。だが、やつら、どういうつもりなんだろう。自由都市と同じく、殆どの湊町も自治領だから、その一つ一つには大した防衛力もない。乗っ取るのは簡単だ。しかし、周り中敵だらけの状況で、この小さな湊町一つ取ったところで、どうにもなるまい?」
「敵だらけとは限らんさ」
「何! どこかの国と示し合わせているとでも言うのか!」
ボローの剣幕に、ニノフは顔を顰めた。
「おれに聞くな。だが、あまりにも手際が良すぎる。蛮族だけの動きとは思えん」
「万が一、中原のどこかの国が後ろで糸を引いているなら、背後から援軍が来るのではないか。おれたちはどうなる?」
ニノフは肩を竦めた。
「その時には、おれたちも援軍を呼ぶのさ。さあ、心配事の種を数えても始まらん。戦闘態勢に入る。一先ず、弓隊で矢を射掛けて、相手の出方を見よう」
「心得た!」
勇んで走り去るボローとは逆に、ニノフの表情は引き締まった。
「罠であるならば、罠ごと打ち砕くのみだ!」




