77 進むべき道
マリシは少し親しみを増した顔で、ロックに説明した。
「ツイムには言っていないのだが、カリオテにいるツイムの兄のファイムには、できればそのまま引き留めるように伝えておる。長年わしに仕えてくれたが、ツイムは根っからの船乗りだ。できれば、兄共々カリオテ海軍で活躍して欲しいと思ってな」
「そうなんだ」
がっかりした様子のロックに、マリシは「おぬしは戻らんのか?」と尋ねた。
「戻れる訳ないじゃん!」
感情のままに言ってしまってから、ロックはハッとして「あ、ごめんなさい」と謝った。
マリシは怒らず、むしろ、一層この若者が気に入ったように微笑んだ。
「いやいや、わしこそ立ち入ったことを訊いた。事情は知らんが、それならここに残ればよい。ペテオもヨゼフもいいやつだぞ」
横で聞いていたゾイアも、「われも当分ここにいるつもりだ」と口添えしたが、これにはマリシが苦笑した。
「当分、なのか?」
ゾイアは小さく頭を下げた。
「すまぬ。ウルス王子の無事は確認できたが、われにはもう一つ、大きな負い目がある」
「ほう。それは何だ?」
ゾイアは、自分の胸に手を当てた。
「元々この身体はタロスという男のものだった。われが意図した訳ではないにせよ、謂わば、奪ってしまったものだ。いつかは返さねばならぬと思っている。それがいつの日で、どのような形になるのかは、わからぬが」
「残酷なことを言うようだが、おぬしに身体を奪われた時点で、タロスという男は死んだのではないのか?」
結局、ウルスに逢えなかったゾイアには、ダフィネの面の話を聞く機会がなかったのである。
ゾイアは悩ましげに首を振った。
「それもわからぬが、霊魂は生きている、という気がするのだ」
「すると、その身体にタロスの霊魂が戻った時、おぬし自身はどうなるのだ?」
ゾイアも苦笑するしかなかった。
「考えてもわからぬ。しかし、わからなくとも、生きねばならぬ。そして、生きる以上は、タロスのためにも、少しでも他人の役に立ちたいと願っている」
マリシは初めて合点がいったように頷いた。
「それこそ、わしら北方警備軍の願いだ。普通の人々が普通に暮らせるように、ここで護らねばならん。先程おぬしに言われたように、弱音を吐いている場合ではないのう。これからが、わしらの出番ということだ。おぬしの力も必要になる。是非、千人長のこと、引き受けてくれ」
「身に余る言葉だが、今は遠慮している場合ではないと思う。その役目、謹んでお受けしよう」
「おお、ありがたい」
喜びに溢れたマリシの笑顔を見て、ロックも頷いた。
「だったら、おいらも残るよ。こう見えて、おっさんは世間知らずなところがあるからさ。色々と、おいらが教えてやらなきゃ」
マリシは笑いを堪えた。
「おお、それは頼もしい。一応、工兵で良いか?」
「任せるよ。それより、河を下った蛮族のことはどうすんの?」
再び、マリシの表情が引き締まった。
「追っつけ娘が戻って状況を知らせると思う。きゃつらの上陸地点が判明すれば、今までの歴史に無きことながら、北長城の南に向かって出撃することになろう」
これには、ゾイアが首を傾げた。
「それは、どうかな」
「出撃すべきでない、と言うのか?」
「いや、そうではない。方向が違うと思う」
「おお、そうか。逆に北へ向かって、きゃつらの本拠地を叩くのだな」
「それも一つの考えだが、今われらが行くべきは東だ」
「なんと、スカンポ河を渡るのか?」
ゾイアは深く頷いた。
われは、ずっと考えていた。
禁忌とされていた渡河をしてまで長城の防衛線を越えた蛮族の目的が何なのかと。
失礼ながら、辺境側には彼らが食指を動かすような魅力のある場所はない。
しかも、将軍が言われたように、すぐに北方警備軍が南下して来ることが予想される。
上陸するなら、中原側だ。
しかし、単に略奪のためなら、ここから少し上流に西廻り航路の終着点の河湊がある。
ここには、当座必要とされない荷物が全部集積されている。
スカンポ河を渡れるのなら、無防備な宝の山が目の前にあるのだ。
ここを護らねばならぬのが東に行くべき理由の一つだ。
だが、それ以上に重大なのは、危険を冒して河に入ったにも拘らず、この宝の山には目もくれず、南に下った、ということだ。
元コソ泥のロックが「もったいないね」と呟いた。
「そうだな。その理由は、終着点の河湊の周りにはベルギス大山脈があるからだと思う」
「うーん、つまり、行き止まりってこと?」
「そうだ。河に面する以外の三方を山に囲まれているからこそ、荷物の集積地に選ばれたのだ。野盗も襲って来れないからな。つまり、蛮族の目的は、河を渡ったその先に進むことにある、とわれは思う」
「え、その先って?」
それには、マリシが答えた。
「中原、だな」




