76 運命の悪戯
ウルス王子のことを訊かれたマリシ将軍も、逆にまじまじとゾイアを見た。
更に横のロックを見て、もう一度ゾイアの顔を確認した。
「おぬしらは、二人ともバロード人には見えんな。若い方は明らかに沿海諸国の出だろう。いや」ゾイアの髪の色を見直し「うむ。おぬしの方は混血かもしれぬな」
「いえ、この身体は、元々生粋のバロード人でございました」
「これは、異なことを聞くものだ。染めている、という訳でもなさそうだな。瞳もバロードでは見かけぬ色をしておるしな」
「事情がございます」
「では、その事情を聞こう。その内容によっては、先程の質問に答えてもよい」
ゾイアは、スカンポ河の近くでウルスと出会って以来の出来事を、ウルス自身から聞いたことも含めて、掻い摘んで説明した。
但し、もう一人の人格である姉のウルスラのことだけは伏せた。
聞き終わったマリシは、「信じられん」と呻いたが、すぐに「いや、変身は事実だしな」と呟いた。
「すると、クルム城の手前で別れて以来、ウルス王子とは一度も会っておらんのだな」
「はい。何とか消息を知りたいと自由都市サイカの情報屋に頼んだところ、北長城に入ったらしいと」
「そうか」
マリシは太い息を吐き、「すまぬ」と頭を下げた。
ゾイアの表情が強張った。
「もしや、お生命に別状が」
「ああ、いや、たぶん、ご無事のはずだ」
「おお、それは良かった」
心底ホッとした様子のゾイアを見て、マリシは微笑んだ。
「おぬしの話は突拍子もないが、心根は確とわかった。全て話そう」
自分たちが北を目指している間に、逆にウルスは南下したと知って、ゾイアは少し落胆したようだが、すぐに気を取り直した。
「わかりました。将軍の配下の方とご一緒ならば、無事に沿海諸国にお着きでしょう。われの果たすべき責務を肩代わりいただき、感謝申し上げる」
「なんの。本来ならここで匿うべきだったかもしれぬが、北長城を預かる者として、無用に中原の政争に巻き込まれることは避けたかった。今となっては笑止千万な話だが」
自嘲気味に笑うマリシに、ゾイアは首を振った。
「いや、それは違いまする」
「違う、とは?」
「今こそ、北方への備えを革めるべき時です。北方警備軍の役割は、今後一層重大となりましょう」
「ほう。それは何故?」
「僭越ながら、哨戒兵とは、そもそも哨戒、すなわち、敵の動静を見張る役目のはず。今回、如何に想定外とはいえ、易々と防衛線を突破されたのは、失礼ながら職務怠慢と言わざるを得ません。至急態勢を立て直すと共に、スカンポ河及び対岸地区にまで防衛線を延ばすべきです」
マリシは笑いながら「よくもズケズケと言いおったな。覚悟せよ」と姿勢を改めた。
「元闘士ガイアックこと、北方警備軍新兵ゾイア、おぬしに千人長を命ずる」
小隊長を跳び越えて、その上の千人長である。
更にその上には、将軍本人しかいない。
「あ、いや、それは」
「もう決めた。言ったことの責任は取ってもらうぞ」
いいことを思いついたとニヤついていた将軍は、ゾイアの横でひっそりと黙っているロックに目を留めた。
「おお、これはすまん。おぬしは何が望みだ。ペテオからは是非工兵にと、推薦を受けたが」
珍しく思い詰めた表情のロックは、首を振った。
「いや、その前に、おいらも聞きたいことがあるんだ。将軍さまの顔にどうも見覚えがあると、さっきから考えてたんだ。将軍さまは、元海賊の、ツイムって兄ちゃんを知らねえかい?」
マリシは、今度はロックの顔を驚きの表情で見た。
「何故おまえがツイムの名を知っておる?」
「やっぱり知ってるんだね。ツイムって兄ちゃんは、おいらがまだ小さい頃、命懸けでおいらと母ちゃんを助けてくれたんだ!」
マリシは、遠い記憶を辿るように目を閉じた。
再び目を開いた時には、ゾイアの連れとしてではなく、ロック自身を改めて認識した顔をしていた。
「そうか。あの時の坊主か」
「やっぱりそうなんだね! あの時、将軍さまは、ツイムの兄ちゃんに自分のとこに来ないかって言ってたろ。おいら、会ってお礼を言いたいんだ。ここに居るんじゃないか?」
勢い込んで聞くロックに、マリシは済まなそうな顔をした。
「運命の女神の悪戯かのう。正にウルス王子を沿海諸国にお送りしている者こそ、ツイムなのだ」
ロックは諦め切れぬように、「じゃあ、無事に送り届けたら、ここに戻って来るんだよね?」と尋ねた。
だが、マリシは頭を振った。




