70 出撃門
「おっさん、おいらはどうすんだよ!」
動揺して尋ねるロックに、ペテオという黒髭の哨戒兵の方が、「ヨゼフと一緒に、避難所に隠れてろ」と答えた。
工兵だという太ったヨゼフは、「うう」と言いながら、ロックの袖を引っ張った。言葉が不自由なのだ。
ゾイアも頷いた。
「うむ。その方がいいだろう。われは戦いに行くが、万一戻らない時は、自由に逃げてくれ」
ロックは顔色を変えた。
「縁起でもないこと言うなよ! おっさんが死ぬ訳ねえだろ!」
「われも、そう願っているがな」
ゾイアはそう答えながらも、ふと、もしかすると自分は不死の存在なのかもしれない、との疑念が頭を過った。勿論、それを確かめる訳にはいかないし、考えても仕方のないことであった。
ヨゼフが再びロックの袖を引いた。
「うう!」
「わかってるさ!」
促されて避難所に向かいながら、ロックは振り返り、「おっさん、きっと戻って来いよ!」と叫んだ。
「おお、待っていろ!」
その間にペテオが用意してくれた武器は、長剣の五割増し程もある大剣であった。
「おれには無理だが、おまえにはいいかもしれんと思ってな。どうだ?」
大剣を受け取ったゾイアは、両手で軽く素振りをした後、片手でクルクルと回した。
「うむ。使い易そうだ」
ペテオは目を丸くしている。
「驚いた。話に聞いたことはあるが、大剣を片手で振り回せる人間を、始めて見たよ。おまえなら、ゲール皇帝ともサシで闘えるかもしれんな」
「ガルマニアの皇帝か?」
「ああ。ゲール皇帝は、両手で一本ずつ大剣を自在に振り回すらしい」
「ほう。それは凄いな」
「なんの、おまえも負けちゃいないさ。それより、おまえに合う甲冑がなかった。今すぐ準備できるのは、鎖鎧ぐらいしかないが、いいか?」
「構わん。その方が動き易いだろう」
「その代わり、馬は哨戒兵用の駿馬だ」
「ありがたい」
手早く身支度を整えると、二人は馬を連れて、内外の城壁が平行に走る長城の中で、そこだけ外側に膨らんでいる広場のようなところに移動した。
既に百騎以上集まっている。
ペテオが外側の城壁を指差した。
「出っ張りの突端に門があるだろう?」
「ああ」
「あれが出撃門だ」
「なるほど」
ペテオは、次々と通りかかる仲間にゾイアを「こいつが新入りのガイアックだ」と紹介しながら、説明を続けた。
「出撃門は長城全体では十二箇所ある。哨戒兵の騎馬小隊は各門に三百騎配属されている。敵もそれがわかっているから、城壁の前をグルグル旋回しながら、弱そうなところを見極めて集中的に襲って来る。したがって、出撃は十二門同時に行う。それまで待つんだ」
「心得た」
「それから、今のうちに敵のクビラ族のことを教えておこう。北方蛮族の中では早くから中原の文明を取り入れ、武装も進んでいる。甲冑も、他部族は未だに革鎧だが、叩き延ばした鉄片を繋いだ鱗鎧を使っている。因みに、主な武器は戦大鎌だ」
「ほう。珍しいな」
ペテオも頷いた。
「馬上では扱い難い武器だが、槍などと違って真横から攻撃できる。慣れないと思わぬ不覚を取ることになるぞ」
「覚えておこう」
「おお、小隊長がいた。紹介しよう」
「頼む」
小隊長は、白髪でかなりの古参兵であった。
「ジーノ小隊長、こいつが姫御前ご推薦の新入り、ガイアックでございます」
「おお、話は聞いたぞ。見るからに頼もしいのう」
ゾイアは、見様見真似で敬礼した。
「ご指導の程、お願いする」
「いやいや、わしより、ペテオに聞くがいい。じきに小隊長になる男じゃ」
ペテオは頭を振った。
「いえ、むしろガイアックの方が、その役に相応しいと存じます」
これには、ゾイアの方が驚いた。
「それは買い被りというものだ」
その時、出撃を合図する喇叭が吹き鳴らされた。
ジーノ小隊長が年齢を感じさせない大音声で「行くぞ!」と呼ばわった。
その場の全員が「おお!」と応じる。
出撃門が開かれ、鬨の声が上がった。
城壁の外は、すでに敵の海である。
馬を並走させながら、ペテオが声を掛けてきた。
「ガイアック! 存分に暴れていいぞ!」
「そのつもりだ!」
ゾイアは片手で大剣をクルクルと回しながら、馬に拍車をかけ、敵の大軍の真っ只中に突っ込んで行った。
「うおおおおおおーっ!」




