67 実技審査
(作者註)
今回は北方警備軍のペテオという男の目線です。
新兵希望者の口頭試問のはずが、受付の役人の独断で、急遽、元闘士というガイアックの実技審査が実施されることとなった。
対戦相手として連れて来られたのは、哨戒兵のペテオという黒髭の男と、工兵のヨゼフという太った男である。
二人とも、自分の仕事が忙しい中駆り出されて、最初から殺気立っていた。
「そんなやつさっさと叩きのめして、早く戻ろうぜ、ヨゼフ」
ペテオがそう言うと、言葉が不自由らしいヨゼフは「うう」と返事をした。
二人が仮設の受付所に行くと、金髪に近い薄い茶色の髪をした筋肉質の大柄な男と、焦げ茶色の髪にキッチリ櫛目を通した痩せた若い男がいた。
実技審査は、木剣での模擬試合であるという。
「二対二か?」
ペテオが受付の役人に訊くと、「違う。相手は、こっちのガイアック一人だけだ」と筋肉質の男の方を指差した。
「はあ? どういうことだ?」
役人が事情を説明すると、日に焼けたペテオの顔が怒りで赤黒くなった。
「おれたちも舐められたもんだな! こんなやつ、おれ一人で充分だ!」
それではこの男の言葉を証明できないと役人が宥めているところへ、追い討ちをかけるように、「われは片手で木剣を使おう」とガイアックが申し出た。
「なんだと?」
ガイアックという男は別に気負う風もなく、淡々と自分の言葉を補足した。
「おぬしはともかく、もう一人は哨戒兵ではなかろう。であれば、均衡をとるため、われは片手のみで木剣を使った方がよいと思う」
怒りのあまり、今にもガイアックに飛び掛かろうとするペテオを遮り、役人は意地悪く「では、そうしろ。但し、木剣を持つのは利き腕ではない方の手だ」とガイアックに告げた。
すると、ガイアックは意外な反応を見せた。
両手を自分の顔の前に出し、手を開いたり握ったりして考えている。
どちらが利き腕か、調べているようだ。
「うむ。たぶん右が利き腕のようだ。であれば、左で木剣を持とう」
不思議なもので、ペテオは、徐々にこの変な男に興味が湧き、怒りが鎮まってきた。
試合は、仮設受付所の中庭の奥側を、ざっと小石などをどけて使うことになった。
左手に木剣を持ったガイアックと向かい合わせに、それぞれの体格に合わせた木剣を持ったペテオとヨゼフが立った。
審判役を買って出た受付の役人が間に立ち、「あくまでも試験故、勝敗にかかわらず、わたしが終了の合図を掛けたら、そこで終わりだ」と告げた。
その後、ニヤリと笑い、「あまり大怪我をさせるなよ」と付け加えた。
ペテオに向けて言ったのだろうが、ガイアックの方が「そう心掛ける」と返事をしたため、落ち着いていたペテオの顔が、また赤黒くなった。
「では、始めよ!」
その言葉と同時に、ガイアックの木剣の鋭い突きがペテオの喉元に繰り出された。
「くそっ!」
ペテオは両手で握った木剣で払い除けようとしたが、当然それは予期していたらしく、木剣を滑らせるようにして体ごと迫って来た。
片腕でいいと豪語するだけのことはあり、両手で木剣を持っているペテオの方が押されている。
と、ガイアックの空いている右手が拳を作り、ペテオの真横から飛んで来た。
「うわっ、何しやがる!」
ペテオは思わず腰が砕けてしゃがみ込みながら、木剣か拳の一撃を覚悟した。
しかし、ガイアックはクルリと後ろ向きに回転しながら脚を上げ、背後からこっそり近づいていたヨゼフの木剣を蹴り上げた。
「ううっ!」
堪らずヨゼフが手を離すと、蹴られた木剣は回転しながら、審判役の役人の方へ飛んだ。
「ふへっ!」
おかしな悲鳴を上げて役人が首を引っ込めると、木剣はその頭上を飛び越えた。
更に、受付が中断されたため見物しながら待っていた応募者たちの間を抜け、床台の段差に当たって、漸く止まった。
完全に戦意を喪失して呆然と立っているヨゼフと、腰砕けとなって座り込んでいるペテオの間に立って、ガイアックは、「このようなもので、如何だろう?」と役人に尋ねた。
その向こうでは、旅芸人のレックスという連れの若い男が、「いいぞ! おっさん!」と歓声を上げている。
口を開けたままの役人が何か言う前に、座っていたペテオが「ちょっと待て!」と言って立ち上がった。
「卑怯だろ! 片腕で闘うって言ったじゃねえか!」
言い掛かりもいいところだとぺテオ自身も思ったが、ガイアックは平静に「それは違うな」と答えた。
「何が違う!」
「われは、木剣を片手で使う、と言っただけだ。したがって、剣の間合いなら木剣を使い、腕が届く範囲なら拳を使う。武器に拘らないのが、われの流儀でな」
猶も言い募ろうとするペテオに、床台の奥の部屋から「おまえの負けよ、ペテオ。いい加減で負け犬の遠吠えはお止めなさい」という、若い女の声が聞こえて来た。
ぺテオは愕然とした顔で「姫御前が何故ここに……」と呟いていた。




