66 渡し船
ゾイアとロックは、漸く当初の目的地であった北長城の目前までやって来た。
スカンポ河東岸にある船着き場で、北長城と繋がる西岸の河湊まで、ここから渡し船が出ているのだ。
「おっさん、どうする?」
突然ロックにそう言われ、ゾイアは戸惑った。
「どうする、とは?」
「だからさ、正面から『新バロード王国のウルス王子は、ここにいませんか?』って訊くのか、ってことさ」
ゾイアは少し上を向いて考え、「それは、どうかな」と首を捻った。
「ギータの情報だけでは、どういう経緯でウルスが北長城に入ったのか、今、どういう立場なのか、全くわからぬ。われらが下手な問い掛けをすれば、ウルスの生命が危うくなるかもしれん」
「だったら、これに応募してみねえか?」
ロックが指差したのは、船着き場の横に立てられた真新しい高札で、北方警備軍の新兵を募集するとの内容であった。
「ほう。内部に潜り込んで調べるのか。しかし、一旦入隊すると、勝手に抜け出せなくなるのではないか?」
「大丈夫さ。逃げ出すのは、おいらの得意分野だよ。いるのかいないのか、いないとしたらどこへ行ったのか、それだけわかったら、さっさとズラかればいい」
「そう簡単なこととは思えんが、他に妙案もないな。うむ、いいだろう、やってみよう。但し」
「但し?」
「辞める時には、きちんと説明して納得してもらう」
ロックは、半ば呆れながらも、「おっさんらしいや」と笑い出した。
渡し船に乗る前に簡単に打ち合わせをし、ロックは『旅芸人のレックス』、ゾイアは『元闘士のガイアック』と名乗ることに決めた。
ゾイアはともかく、ロックの人相は知られている可能性があるため、普段クシャクシャの髪に綺麗に櫛目を通した。
それだけで人が良さそうに見えると、ゾイアも感心した。
二十人乗りの大きな渡し船に乗り込むと、他にも明らかに応募者と思われる者が大勢乗っていたが、皆どこかしら後ろ暗いところがありそうな様子である。
ロックが小声で「人相の悪いやつらばっかりだな」と囁くと、ゾイアは苦笑いしながら「われらとて、似たようなものだ」と評した。
「なんだこら! おれの顔を見て笑いやがって!」
二人が驚いて声のした方を見ると、如何にも柄の悪そうな痩せた男が立ち上がってこちらに近づいて来ていた。
顔が赤く、酒に酔っているようだ。
「別に、おぬしのことを笑った訳ではない」
ゾイアの説明など聞かず、いきなり「なんだと、この野郎!」と殴り掛かって来た。
ゾイアは上体を反らしながら、相手の腕を取り、後ろ手に捻って男の顔を船縁から外へ突き出した。
「酔い醒ましに河の水を飲むか? もっとも、用心せねば、ザリガニに舌を挟まれるかもしれんが」
ゾイアの横ではロックがニヤニヤ笑っている。
男は「や、やめろ!」と叫びながら手足をバタつかせたが、ゾイアの力がはるかに上回っており、一層体が船縁から外に出され、「ヒッ」と息を呑んだ。
当然、船内の全員の注目も集まっている。
「他の乗客の迷惑になる。向こう岸まで泳いで行くか?」
ゾイアがそう問うと、男は小さな声で「ご、ご勘弁を」と訴えた。
「では、到着まで大人しくしていろ」
ゾイアが、殆ど片腕一本だけで男を引っ張り上げると、船内から自然と拍手が起こり、感嘆する声が上がった。
男はすっかり酔いも醒めたらしく、恥ずかしそうに船の隅に座った。
やがて対岸に着くと、男は身の程を知ったのか新兵募集に参加することもなく、そそくさと帰りの便の列に並んだ。
一方、ゾイアたちも含め乗客の大半は、荷捌き場の横に仮設された『北長城新兵受付所』と書かれた建物に向かった。
ゾイアたちも入口で簡単な登録を済ませると、順番を待った。
受付の役人のものらしい「今日も碌な者はおらんな」という愚痴が、まる聞こえである。
「次の者は二人組か。旅芸人のレックスと、元闘士のガイアックだな。参れ!」
二人が中庭の方へ入って行くと、一段高い床台に座った担当者が名簿と照らし合わせている。
典型的な役人面をしており、二人を見下すような横柄な態度だ。
「でっかい方がガイアックで、細っこいのがレックスだな。じゃあ、レックスは帰っていいぞ」
気色ばむロックを抑え、ゾイアが尋ねた。
「何故だ。まだ、何の質問もされておらんが」
聞き返されるとは思っていなかったらしく、役人の顔はみるみる不機嫌になった。
「いいか、検分しておるのは、こちらなのだ。次に無礼な態度を見せたら、おまえも帰すぞ。今われわれが欲しいのは、哨戒兵が務まる人材だ。細っこいのは、どう見ても雑役兵だろう。そのような者はいらん!」
「ほう。雑役兵も重要な役割と思うが。まあ、どうしても哨戒兵が必要なら、自惚れでなく、われは二人分の働きができる。そういうことで、ロ、いや、レックスも込みで雇ってくれぬか?」
激しい怒りのため、役人の顔が、面白い程真っ赤になった。
「よくぞぬかしたな! いいだろう! 本当におまえが二人分の力があるか、試してやる!」
「われは、それでも構わんが」
「ええい! 誰か、手の空いた兵士を二人、呼んで来い!」




