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63 狐と狸

 ガイ族の女の言うとおりであれば、ニノフはウルスたちの庶兄しょけいということになる。

「本当なのか!」

 興奮して叫ぶカルボンとは対照的に、ガイ族の女はボソリと「調べた」とのみ答えた。

「ええい、もっとくわしく教えろ!」

「カルス、王になる前、エイサに、逼塞ひっそく、してた」

「知っとるわ、阿呆あほう。わしも一緒だ。それに、逼塞などと、少しは言葉を選べ。亡国ぼうこくとはいえ、バロード王家の嫡流ちゃくりゅうだぞ。わしは代々宮宰きゅうさいの家系だ。エイサでもそばつかえておったさ。だが、そのような素振そぶりは一向いっこうに」

 カルボンは言葉を切り、ちゅうにらんだ。

「そうか。新王国の建国けんこく前、かつての聖王国の遺領いりょう唯一ゆいいつ繁栄はんえいほこっていた、ここ、当時の自由都市バロンを度々たびたび訪問されていたな。その時か?」

おそらく」

「くそっ、あんな生真面目きまじめな顔をしておって。ああ、いや、そんなことは、どうでも良い。本当に、あの傭兵ようへいが王の落とし子なら、わしをうらんでおるだろうな」

「逆」

「ん? 逆とは?」

「自分と、母親、てた王さま、とても、にくんでた、らしい」

「ほう」

「王さま殺された時、天罰てんばつだと」

「なるほど。それでわしの傭兵となったか。うむ。となると」

 カルボンが考え込んで沈黙ちんもくしたため、ガイ族の女の方からたずねた。

「今のところ、秘密、知るの、数人、のみ。始末、するか?」

「まあ、待て」

 カルボンはずるそうなみを浮かべている。

「おまえの言いぐさではないが、逆だ」

「逆?」

「今の話、うわさとしてひろめるのだ」

「意味、わからない」

「わからずともよい。うむ、そうだな。なるべくその傭兵に同情が集まるように、カルス王が如何いか非情ひじょうな人物だったかと思わせるように、少し色を付けて話をふくらませろ」

「やって、みる」

 カルボンのひたいに、みるみる血管が浮き上がった。

「なんだ、その返事は! この前の獣人の失敗を取り戻すつもりでやれ! でなければ、次はないぞ!」

御意ぎょい!」


 ガイ族の女が消えると、カルボンは再びニヤニヤと笑い出した。

「面白い。これで一段とあやつの人気が高まるだろう。うむ。場合によっては、王に即位そくいさせ、わしは裏に回っても良いな。残念だが、わしは庶民しょみんに人気がない。いまだにきカルス王に同情する不満分子がおる。その火種ひだねも、あやつに期待が集まれば、消すことができるであろう。しかも、あやつなら、カルス王と違ってあやつやすそうだ。万が一、わしにさからうようなら、また」

 さすがにしゃべり過ぎたと思ったのか、カルボンは左右を見回し、だまってふくみ笑いをした。



 同じころ、ニノフがカルス王の落とし子であるらしいとの情報をつかんだ人物がもう一人いた。

 ガルマニア帝国の軍師、ブロシウスである。

 各地に散らしてある密偵みっていの一人が届けたその知らせに、眉根まゆねを寄せた。

「ほう。そういうことか。それは、ちと、厄介やっかいじゃな」

如何いかがいたしましょう?」

 そう尋ねたのは、ザギム宰相の謀反むほんあばいた、魔道師のカノンという男である。

 あの事件以来、余程よほど親しくしているらしく、軍師専用の個室に二人きりで密談していた。

「そうさな。怪我けが功名こうみょうとはいえ、わがガルマニア帝国軍一万五千を破った男が先王せんおう遺児いじとなれば、一気にバロードの士気しきが上がるであろう。それは、望ましくない。できれば、カルボンと対立して欲しいところだが、あの狡賢ずるがしこ野狐のぎつねはうまく立ち回るであろうな。うむ。カノン、バロードに潜入せんにゅうし、何とかして仲違なかたがいさせてみよ」

「はっ、かしこまりました!」


 カノンが消えて間もなく、ブロシウスをたずねて客が来た。

 体毛の薄いツルリとしたはだをした、目が細く吊り上がった中年の男である。身分の高そうな服装をしている。

 ブロシウスは慇懃いんぎん挨拶あいさつをした。

「これはこれは、わざわざこのようなむさくるしい部屋にお出でくださり、恐悦至極きょうえつしごくに存じ上げます、チャドス宰相閣下さいしょうかっか

「いや、軍師はわがガルマニア帝国のかなめ、いつも尊敬いたしておりますよ。ところで」

 チャドスは細い目をさらに細めた。

「バロード共和国のことで、何か新情報はござりませぬか、軍師どの?」

 ブロシウスは人の良さそうな笑顔を作り、「新情報、と申しますと?」と、逆に尋ねた。

「いや、わがガルマニア帝国軍に大損害を与えたバロードの傭兵騎士団に、鉄鎚てっついらわせる妙案みょうあんがないものか、と思ってな。情報通じょうほうつうの軍師なら、何かご存知かと思ったのだが」

 ブロシウスは、えてとぼけた。

「さあ、今のところは何も」

「それは残念。いや、実は、わが母国より有能な軍事顧問こもんを呼んではどうかと皇帝陛下こうていへいか進言しんげんしたのだが、軍略ぐんりゃくは軍師にまかせているとおっしゃってなあ。いやあ、残念だ」

「痛み入ります」

 ブロシウスは相手から見えない位置で、こぶしにぎめた。

「まあ、中原ちゅうげん一と言われる軍師のこと、いずれ起死回生きしかいせいさくこうじられると信じておりまする」

「必ずや、ご期待にお応えいたします」

「頼みましたぞ」


 チャドスが帰った後、ブロシウスはめずらしく感情をあらわにして、「マオール人め!」とてた。

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