55 窮地
ティルスたちを会場の中庭から逃がすと、覆面のままゾイアはリゲスに詰め寄った。
「これはいったい、どういうことだ?」
問われたリゲスは悪びれる風もなく、両方の眉をグッと上げて、馬鹿にしたように笑った。
「ふん。おまえ如き、顔も世間に曝せねえ流れ者に、そんなことを言われる筋合いはねえな。見てのとおり、この機会に『荒野の兄弟』をぶっ潰すのさ」
「卑怯ではないか!」
「違うな。向こうが間抜けなだけさ。そして、おまえもな」
「何!」
リゲスが顎の先で示した方向にゾイアが目を向けると、あの赤毛のザクブルに捕らえられたロックの姿があった。覆面はすでに剥がされている。
「おっさん、おいらのことは放っておいて、早く逃げろ!」
ザクブルが「黙ってろ!」と命じながら、太い二の腕でロックの首を挟み、裸絞めにした。
ゾイアがそちらに駆け寄ろうとした時には、剣を手にした男たちに取り囲まれていた。
割り込むようにゾイアの正面に立ったリゲスは、わざとらしい困った顔で、「おまえが暴れたりしたら、おれの可愛い従兄弟が首を圧し折られちまうんだ。やめてくれよ」と言って、堪え切れないように吹き出した。
ゾイアはものも言わずに、その腹を爪先で蹴り上げた。
「うげっ!」
前屈みに倒れて来るところを、反対側の膝で蹴る。
「あがっ!」
折れた前歯を飛ばしながらリゲスが仰向けに倒れるのと同時に、ゾイアは手にしていた試合用の長剣をザクブル目掛けて投じていた。
ザクブルがそれを避けた時には、ゾイアは自分を取り囲む男たちを飛び越え、猛然と走り寄り、空気を切り裂くような廻し蹴りを放った。
「くそっ!」
ザクブルはロックを絞め上げていた腕を離し、その腕で蹴りを受けた。
衝撃でロックは振り落とされたが、気を失っているらしく、その場に倒れ込んだ。
蹴りを受けられたゾイアの方も、均衡を崩し、転倒した。
ザクブルはニタリと笑うと、「この前の借りを返すぜ! おい、誰かおれの戦斧を持って来い!」と叫んだ。
「ほらよ、これを使え!」
闘士仲間から投げ渡された短めのバトラックスを受け取ると「おれの、って言っただろうが!」と文句を言いながらも、倒れたままのゾイアに斬りつけた。
ゾイアは横に転がってそれを躱すと、立ち上がりざま、剣を持って取り囲んでいる敵の一人の顎に掌底を喰らわせて倒し、剣を奪い取った。
すぐに向き直って剣を構える。
「ザクブル、勝負はこれからだ!」
「きさま!」
実は、ゾイアはその間にも、少しずつザクブルたちをロックから引き離すように誘導していたのである。
が、依然としてロックはピクリとも動かない。
ロックの生死を確認するには、敵を全て斃すしかなかった。
ザクブルは、「この間の試合のようなわけにはいかねえぞ」と叫ぶと、バトラックスを投げつけてきた。
ゾイアが避けたために、後ろに立っていた敵の一人の頭に突き刺さり、バタッと棒のように倒れた。
だが、自分のバトラックスを取りに行く代わりに、ザクブルは十字弓を手にしていた。
「何を隠そう、おれは弓も得意でな。それも速射術を会得しているのさ」
その言葉どおり、立て続けに数本の矢が飛んで来る。
奪った剣で何本かは払い除けたが、最後の一本がゾイアの肩に突き刺さった。
「ぐあっ!」
さらに射掛けようとしていたザクブルは、ゾイアの異変に気づいた。
「な、何だ、こいつは!」
ゾイアの肌に細かな黒点が多数生じ、見る間に剛毛となって胴着から出ている手足を覆った。
覆面から食み出した髪の毛は焦げ茶色に変わり、鬣のように首筋に伸びていく。
それに並行するように、顔がボコボコと膨らみ、顎がヌーッと伸びると、被っていた覆面が耐え切れずに、パーンと弾け飛んだ。
覆面の下から現れた両目は、爛々と緑色に光っている。
さらに唇の隙間から大きな牙が生え出てきた。
手足の筋肉は岩のように盛り上がり、刺さった矢が圧力に負けて体外に押し出され、ポトリと地面に落ちた。
ゾイアの天地を揺るがすような野獣の咆哮が、砦中に響き渡る。
次の瞬間、ゾイアの体が弾かれたように跳躍し、ザクブルたちに襲いかかった。
その時、倒れていたはずのロックの体がムクリと起き上がり、目を開くと真っ赤に光っていた。
ロックは異様にしゃがれた声で「おお、間違いない。ついに見つけたぞ」と呟いたのである。




