52 二人の闘士
再試合の当日、せめて三百人隊規模で行くべきだと主張する長老のドメスを、ルキッフは笑って窘めた。
「それじゃあ、喧嘩を売りに行くようなもんだろう」
二人きりでいるからか、ルキッフはいつも付けている黒い眼帯を外していた。
髪も髭も右目も黒に近い焦げ茶色であるのに、眼帯の下に隠されていた左目は、鮮やかなコバルトブルーであった。
見慣れているらしく、ドメスはそれを気にする様子もなく、話を続けた。
「しかし、あのバポロという男は」
「わかってるさ。だから、一応、全員馬で行く。何か怪しい素振りがあったら、一目散に逃げるんだ。逃げ足が速いのが、おれたち『荒野の兄弟』の取り柄だからな」
そういう理由で、総勢約百名全員が騎乗して行くことになった。
まだ日が昇る前に出発し、途中、休憩を兼ねて軽く食事を摂り、昼過ぎには『暁の軍団』の砦に到着した。
すでに門前に『暁の軍団』の主だった幹部が並んで待っていた。さすがに、バポロ本人はその中にはいない。
機嫌を損ねるだろうと覚悟しつつ、なるべく門の近くに馬を繋ぎたいと申し出ると、気味が悪い程丁寧に対応してくれた。
それでも万一に備え、馬と共に三十名ほどはそこに残した。
また、弓や長槍などの嵩張る武器もその場に置いおくことにした。
出場闘士であるティルスと付添いのベゼルだけ控室に案内され、ルキッフたちは中庭に設えられた桟敷席に座らされた。
すでに『暁の軍団』側の観客が二百名ほど座っており、概ね歓迎の声が上がったが、今度は負けないぞと敵愾心を剥き出しにする者もいた。
やがて、露台にバポロが姿を見せると、中庭の会場が割れんばかりの歓声が上がった。
尤も、それは別にバポロの人望ではなく、もうすぐ試合が始まるという期待と興奮のようであった。
そのざわめきが一旦静まると、バポロの小姓の一人が立ち上がり、よく通る声で、ルキッフたちへの歓迎の挨拶と試合の趣旨説明を行った。
ルキッフの横に座っていたドメスが小声で、「まるで王さま気取りですな」と吐き捨てるように言った。
ルキッフも苦笑いした。
「まあ、こういう大仰なことが好きなんだろう。お、出て来たぞ!」
審判役を務めるらしい、頬に大きな刀創がある男が中庭の中央に進み出て、「両者、入場せよ!」と告げた。
まず、東側の出入口から、ティルスとベゼルが入場して来た。
付添いであることを示すため、ベゼルは黒い服を身に纏っている。
次に、西側の出入口から現れた二人を見て、会場から失笑が漏れた。
闘士のガイアックという男が覆面をすることは予め知らされていたが、付添いの若い男も覆面をしていたからである。
それでも、両方の闘士が中央に進み出ると、会場にどよめきが起こった。
ティルスが色白で金髪なのに対し、ガイアックは肌がやや浅黒く、覆面の下からのぞく髪も薄い茶色であることを除けば、身長も体格もほぼ同じで、まるで兄弟のようであった。
ルキッフも「こりゃあ、いい勝負になるんじゃねえか」と興奮気味に呟いた。
審判役が両者の間に立った。
「ガイアックは知ってるだろうが、おれは『暁の軍団』の客分のリゲスだ。もちろん、判定は公正にやるから安心しろ。双方、武器は何を使う?」
闘士二人は示し合わせたように「長剣で」「長剣がいいだろう」と告げた。その声も似ているようだ。
「ならば、双方長剣を用意させよう。試合はどちらかが死ぬか、戦闘不能になるまでだ。異存ないな?」
「ない」
「無論だ」
それぞれが長剣を受け取り、間合いを取って立った。
少し離れた位置に立ったリゲスは、右手を一度高く上げ、振り下ろした。
「始めよ!」
リゲスの合図と同時に、両者は激しく打ち合った。
太刀筋も似ており、全く互角の勝負である。
会場も興奮に包まれた。
「いいぞー、覆面男ーっ!」
「ティルス、そいつの覆面を引っぺがしてやれーっ!」
両者が普通の闘士と違うところは、長剣で鎬を削りながらも、随所で蹴りを入れたり、相手の懐に飛び込んで投げ技を掛けたりすることである。
しかも、お互いにそれを見事に躱しながら闘い続けている。
観客も驚きを以って声援を送っていたが、それ以上に闘っている本人たちも不思議に思っていた。
「やるな、おぬし!」
「そう言う、おまえこそ!」
「だが、容赦はせん!」
「望むところだ!」
愈々二人の闘いも佳境となり、敵も味方も観衆が熱狂する中、一人醒めている男がいた。
バポロである。
ガブガブと呷っていた葡萄酒の杯をダンと音を立ててテーブルに置くと、隣で手に汗握って観戦している腹心の部下を叱りつけた。
「おまえまで夢中になってどうする!」
「は、はあ」
部下の不満げな表情に一層苛立ち、「もうよい。始めよ!」と命じた。
「しかし」
「ああ、もうよい、小姓を呼べ!」
その声を聞きつけ、小姓の一人が走り寄って来た。
「御前に!」
「うむ。伝令を頼む。リゲスに『始めよ』と伝えてくれ。それでわかるはずだ」
「御意!」
走り去る小姓を見つめ、バポロは酒焼けした赤い鼻に皺を寄せ、くぐもった低い声で笑った。




