49 暁の軍団
『暁の軍団』の砦は、元は本物の城であった。一時期この地域を支配していた小国が滅んだ後、放棄された出城の一つをちゃっかり自分たちのものにしたのである。
尤も、石垣の何箇所かは崩れたままになっているし、濠は干上がっていた。
首領のバポロは、予々手下たちに、自分はいずれ本物の領主になるつもりだという夢を語っていた。
『暁の軍団』という名前も、単なる野盗では終わらないぞという、バポロなりの意思表明であろう。
そのバポロにとって、目の上の瘤となっているのが、ルキッフが率いる『荒野の兄弟』であった。
機動性に優れた『荒野の兄弟』は、瞬く間に縄張りを拡げ、度々『暁の軍団』と小競り合いを起こした。
本格的な潰し合いを避けるため、代表の闘士の試合で決着をつけようと提案したのはバポロの方である。自分の闘士に自信があったのだ。
それが『荒野の兄弟』の新しい闘士にあっさり負けてしまった。
その結果、本来なら、不利な条件を呑んで縄張りが確定するはずだった。
ところが、その試合が『荒野の兄弟』の砦で行われたことを逆手に取り、今度は自分たちの砦でやらせて欲しいと、強引に捻じ込んだのである。
「それだけに、今度の試合は絶対に負けられないのだ。わかっておるな」
昼間から葡萄酒を呷りながら、バポロは腹心の若い部下に念を押した。
「はっ、それは無論。新しい闘士の候補も出揃いましたので、この後、模擬試合を行って選考いたします」
「ほう。それならば、余も見たい」
領主に憧れて、バポロは自分のことを『余』と呼んでいた。
その一人称は、酒の飲み過ぎで鼻が赤く、下膨れで顎が弛み、頭髪も殆どないバポロには似つかわしくなかった。
そのため野盗の仲間内で顰蹙を買っていることを、部下たちは言い出せずに困っている。
「では、団長がご臨席される旨、現場に伝えて参ります」
これも普通は、お頭領とでも言うべきだが、バポロは団長と呼ばせていたのである。
「うむ」
部下が先に立って行った後、バポロは小姓を二人呼んで左右から支えてもらい、椅子から立ち上がった。
若い頃、バポロ自身も闘士であったというが、今はその面影もないほど太っている。飲み過ぎた時には、こうして他人の手を借りないと立ち上がれないのである。
闘士の候補者たちは、砦の中庭に集まっていた。
いずれも一癖ありそうな強者揃いだが、中でも異彩を放っているのは、革の覆面をした男だった。
覆面は目と口以外を覆っている。
緩い胴着を着ているが、並外れた体格をしていることが見て取れる。
「ほう。あれがリゲスの言っていた男か?」
席に着くなり、バポロは腹心にそう尋ねた。
「はっ。ガイアックという流れ者にございます。どんな武器でも使い熟す、との触れ込みです」
「面白い。ならば、なるべく変わったものを使わせるがよい」
「御意!」
模擬試合とはいえ、双方が望めば、真剣の使用も認められていた。
そうなると、自分は木剣で、とは言い難い。
忽ち凄惨な試合が繰り広げられた。
もっとも、見物している『暁の軍団』の者たちは、これくらいは馴れっこらしく、一層盛り上がっていた。
バポロも身を乗り出して観戦していたが、喉が渇いたのか「おい、葡萄酒を持って来い」と小姓に命じた。
腹心は、さすがに止めるべきか躊躇っているようだったが、結局、諦めて試合の方に集中した。
愈々覆面のガイアックの番となった。見物していた者たちから、今日一番の歓声が上がる。
衆人の注目の中、ガイアックは武器として革の鞭を選んだ。
見物している者たちから失望したらような溜め息が漏れる。
対戦相手は、ガルマニア系の赤毛の大男で双刃の戦斧を手にした。
破壊力はあるが、重く扱い辛い武器である。
両者の間に立った審判役が戸惑ったように、「互いの得物に異存はないか?」と尋ねた。
赤毛の大男は、フンと鼻を鳴らした。
「おれさまは馬鹿にされているのか?」
ガイアックは笑って首を振った。
「許せ。武器に執着しないのが、われの流儀でな。無論、全力は尽くすつもりだ」
「ほざくな!」
言いざま、赤毛の大男がガイアック目がけて戦斧を振り下ろし、前置きなしに試合が始まった。




