478 ミッテレ・インポシビリタス(11)
クルム城を占拠していた腐死者を操っていたタンリンに追われ、空中を逃げるウルスラとケロニウスであったが、遂にタンリンの口から突き出した金属の筒が火を噴き、ウルスラを庇ったケロニウスがやられてしまった。
ウルスラは追い詰められ、恐怖のあまり気絶してしまう。
そこですぐにゾイアが表面人格を交代したが、飛行能力がないため落下するところを、手負いのケロニウスに救われる。
ケロニウスが高度を下げて地上に降りると、追って来たタンリンも近くに着陸した。
ケロニウスは掌をタンリンに向けて波動を出す構えは見せているものの、その手は徐々に下がっていく。
一方のゾイアは何の武器も持っておらず、ウルスラもまだ気絶から醒めそうにない。
正に絶体絶命のその時、ゾイアたちの後方から矢が飛んで来て、タンリンの口の筒に突き刺さった。
ゾイアはケロニウスの手を引いて「伏せろ!」と叫び、共に倒れ込む。
何かが爆発したような轟音が響き、バラバラと頭上から欠片のようなものが落ちて来た。
後ろの方から「大丈夫ですかーっ!」という声が聞こえ、ゾイアが振り返ると、辺境伯アーロンが馬で駆けて来ていた。
「おお、アーロンどの!」
感激して立ち上がろうとするゾイアを、ケロニウスが腕を引いて止め、苦しげな声で警告する。
「まだじゃ、ゾイア! 前を見よ!」
ゾイアが視線を前に戻すと、爆発で頭部が消失したタンリンが、ゆっくり近づいて来ていたのである。
それは一見ンザビのような姿だが、そうではないことは、首の断面から覗いて見える、金属の歯車や細い銅線のようなものから明らかであった。
「機械兵か」
思わず呟いたゾイアであったが、自分で「何のことだ?」と首を傾げている。
が、隣で咳込んで血を吐いているケロニウスに気づき、「いや、今はそれどころではないな」と立ち上がり、馬で近づくアーロンに呼び掛けた。
「すまぬ、アーロンどの! 剣を一本、われに貸してくれ!」
相手がウルスラの姿であることに、一瞬戸惑いの表情が浮かんだアーロンだったが、ハッと何かを想い出したように、腰の護身用の剣を鞘ごと抜いた。
「それなら、これを使え! 細身だがバール鋼を使っているから、滅多なことでは折れぬ!」
そのまま放り投げられた剣を、ゾイアは片手で掴んだ。
「忝い!」
言った時にはもう鞘から剣を抜き、迫って来るタンリンに向かって駆け出していた。
「子供の腕では力がないが、力を入れずに剣を振るう技もある」
それは、奇しくもウルスの身体にいた時のタロスと同じ科白であった。
ゾイアは大きく円を描くように剣を振るい、通り抜けざまにタンリンの片足を太腿から切断した。
人間ではあり得ないガキーンという音が響く。
タンリンが均衡を崩して前のめりに倒れたところへ駆け戻り、剣を逆手に持ち替えると、タンリンの背中の真ん中辺りに突き刺した。
剣先でグリグリと何かを探っているようだ。
「制御装置は、この辺だと思うのだが。お、よし、いいぞ」
ジタバタと痙攣していたタンリンの手足が全く動かなくなった。
が、その直後、胴体の奥から、ピッ、ピッ、ピッと規則的な音が聞こえて来た。
「いかん!」
ゾイアは剣を捨てて全力で逃げ出した。
前方から馬で駆けて来るアーロンに「老師を連れて、逃げてくれ!」と叫ぶ。
アーロンは最早躊躇わず、「わかった!」と応じると、馬を止めて地面に下り、グッタリしているケロニウスを抱え上げて馬の背に乗せると、自分はその後ろに乗って駆け出した。
それを見届けて、後ろを振り返ったゾイアは、「これは間に合わんな。お、ウルスラ、よいのか? では、頼むぞ!」と顔を上下させた。
アクアマリンだった瞳が、本来の限りなく灰色に近い薄いブルーに戻ると、その身体を光る球殻が包んだ。
その直後。
激しい轟音と共に、タンリンの身体が爆発した。
「こ、これは、いったい」
気絶から醒めたばかりで、まだタンリンから逃げているつもりで防護殻を張ったウルスラは、爆風が吹き抜ける中、呆然と立っていた。
「あっ、老師は? まあ、アーロンさまが。そう。本当に良かったわ。わかった、追ってみるわね」
双子のウルスとは、一々人格交代をして会話をしていたウルスラだが、ゾイアとは識閾下の回廊を通じて直接話すこともできるようだ。
大体の方向は聞いたらしく、ウルスラは空中を飛んで、すぐにアーロンの馬に追いついた。
「アーロンさまーっ! もう、大丈夫ですーっ!」
ギクリとして振り返ったアーロンは、空中を追って来るウルスラをジッと見て、納得した様子で馬を止めた。
「おお、やはり、今度は本物のウルスラ王女だ。お聞きしたいことは山ほどございますが、今は何より、老師のお生命をお助けせねばなりませぬ。今から、以前にクジュケどのが設定してくださった座標を申し上げますので、老師を連れてそこへリープしてくだされ」
アーロンは長い数字の羅列を述べた。
ウルスラは一度聞いただけでそれを覚え、「どこですの?」と尋ねた。
「最初に辺境に来られた際、王女も一度お泊りになられた、わが傅役シメンのカスタット砦でございますよ。マリシ将軍もそこにいらっしゃいます」
「まあ、いったいどうして?」
アーロンは悲しげに俯いた。
「お恥ずかしい話ですが、昨夜、あの東方魔道師が率いるンザビたちに攻め込まれ、クルム城を奪われたのです」




