476 ミッテレ・インポシビリタス(10)
(作者註)昨日更新できなかった分です。夕方、いつもの時間にもう一回更新します。
辺境伯領に跳躍したウルスラとケロニウスは、クルム城が腐死者に占拠されていることに衝撃を受ける。
状況を見てウルスラと人格交代したゾイアは、ンザビたちの統制のとれた行動を怪しみ、誰かが操っていると推測した。
その言葉どおり、白魔の手先になっているらしい東方魔道師タンリンが姿を見せ、ウルスラの身体を借りているゾイアを、口から出た金属の筒で狙って来た。
ゾイアが珍しく怯えたような声で「老師、急上昇してくれ!」と叫ぶ。
「おお、心得た!」
だが、ケロニウスが上昇するのに合わせてタンリンも高度を上げ、金属の筒はピタリとゾイアを狙ったままである。
ケロニウスは、上昇を続けながら右へ左へと蛇行したり、更には後方へ宙返りして、錐揉みするように旋回しつつ下降してみたりしたが、一向に引き離せず、タンリンはずっとついて来ている。
ゾイアは声を低め、自分を放り出すよう、ケロニウスに頼んだ。
下降から急上昇へ転じる刹那、ケロニウスはウルスラの身体を放した。
ゾイアが表面人格になったまま、ウルスラの身体はケロニウスの光る球殻を突き抜け、空中に飛び出した。
さすがにタンリンも追い切れず、ケロニウスと共に上昇し続けている。
上手くタンリンを振り切ったものの、ウルスラの身体は放物線を描きながら、ンザビの群れが待ち受ける地面へ落下して行く。
「ウルスラ、今だ!」
そう叫んでゾイアが顔を上下させると、瞳の色が限りなく灰色に近い薄いブルーに変わった。
ウルスラの身体が光り、防護殻に包まれるのと同時に、下降していた放物線が水平に戻って行く。
が、表面人格がウルスラに代わったことは、ケロニウスにつられて急上昇していたタンリンも察知されてしまった。
空中で方向を転換しながら、喉の辺りから声を出した。
「惑星浄化作業の妨害者を発見。直ちに抹殺します」
ウルスラは、危うくンザビたちが手を伸ばしているギリギリのところで上昇に転じていた。
それをタンリンが追尾して来る。
気づいたケロニウスも後を追ったが、上昇の際に速度を上げ過ぎていたため、急には曲がり切れず、大きく膨らんだ円を描いている。
その間に、タンリンは急速にウルスラに接近していた。
また、喉から声が聞こえる。
「標的捕捉しました。撃墜します」
タンリンの口から出ている金属の筒が火を噴き、同時にダーンという音が響いた。
しかし、お互いに飛行しているためか、筒から発射された小さな金属の塊は、中心から僅かに逸れ、ウルスラを包むシールドを抉りながらも、身体には届かずに突き抜けた。
が、その瞬間、ウルスラのシールドが消滅してしまった。
タンリンは、更に距離を詰めて来る。
「第二弾装填。発射します」
再び筒が火を噴く。
と、真上から下りて来た黒い影が、タンリンの視界を遮った。
飛びながら後ろを振り返ったウルスラが、悲鳴のような声を上げた。
「老師っ!」
自らの身体を盾としたケロニウスが落下して行く。
だが、ウルスラにそれを助ける余裕はなかった。
目前にタンリンが迫っており、今にも三回目の攻撃が来そうである。
「ああっ、もう駄目!」
気を失ったように俯くウルスラが顔を上げると、瞳の色がアクアマリンに変わっていた。
「お、いかんな」
ゾイアの声で呟いた直後、タンリンの筒から大きなドンという音が響き、落下して行く頭のすぐ上を、高速の金属の塊が耳障りな甲高い音を立てて通り抜けた。
落ちながらゾイアが下に目をやると、既にクルム城からは随分離れており、近くにンザビも見えない。
「うむ。ウルスラさえ目醒めれば、地上に降りて闘えそうだが」
そう言う間にもグングン地面が近づいて来ており、上からはタンリンが追って来ている。
さすがにゾイアも焦り、「頼む、ウルスラ、起きてくれ!」と叫んだところへ、真横から来た黒い影に捕獲され、上昇に転じた。
「老師!」
ゾイアは驚いて自分を抱きかかえているケロニウスの顔を見たが、苦悶の表情を浮かべており、鼻をつく血の臭いがした。
「すまぬ、ゾイア。もう遠くへは飛べぬようだ」
「構わぬ。老師、地上へ下ろしてくれ」
「わかった」
ケロニウスが高度を下げ、辺境特有の乾燥した大地に降りると、そのすぐ傍へ、追って来たタンリンも着陸した。
相変わらず感情のない顔で、口から金属の筒を突き出したまま、二人の方へ歩いて来た。
「最早抵抗しても無駄だ。二人とも抹殺する」
ケロニウスは肩で息をしており、掌をタンリンに向けて波動を出す構えは見せているものの、その手も下がりつつある。
その横に立っているゾイアも、身体はウルスラであり、何の武器も持っていない。
しかも、ウルスラは、まだ気絶から醒めないようだ。
万事休したかと思われた、その時。
ヒュンという音と共に、ゾイアたちの後方から何かが飛んで来て、タンリンの口の筒に突き刺さった。
それが矢であると認識するや否や、ゾイアはケロニウスの手を引いて「伏せろ!」と叫んで、共に倒れ込んだ。
二人が地面に伏せるのと同時に、何かが爆発したような轟音が響き、バラバラと頭上から欠片のようなものが落ちて来る。
後ろの方から馬の走る足音が近づき、「大丈夫ですかーっ!」という声が聞こえて来た。
逸早く顔を上げたゾイアが振り返ると、それは辺境伯アーロンの姿であった。
「おお、アーロンどの!」
感激して立ち上がろうとするゾイアを、ケロニウスが腕を引いて止め、苦しげな声で警告する。
「まだじゃ、ゾイア! 前を見よ!」
ゾイアが視線を前に戻すと、爆発で頭部が消失したタンリンが、ゆっくり近づいて来ていたのである。




