473 バロード内戦(11)
ヤナンからの避難を拒む住民がいると聞き、それがトニトルスとピリカと知ると、ロックは馬に乗って急行した。
敵に立ち向かうと言い張るトニトルスと、怪我人に対応するために残るというピリカを、ロックは叱りつける。
「そんな悠長なことを言ってる場合じゃねえんだ! あいつが来たら、ここは火の海になる! 逃げられなくなるぞ!」
ロックのその言葉が聞こえたかのように、足元からゴゴゴゴッと地鳴りのような音が響いてきた。
「やべえ。こうしちゃいられねえ。おい、じいさん! おいらの馬をやるから、ピリカを乗っけて、全速力で逃げろ!」
「いいや、わしは戦う!」
馬を飛び下りたロックは、手綱を強引にトニトルスに握らせた。
「逃げるのも戦いだ! 逃げて、生き延びてこそ、また戦えるんだ! 逃げるのは、ちっとも恥じゃねえ! 頼む!」
いつになく真剣なロックに気圧され、黙ってしまったトニトルスの代わりに、ピリカが応えた。
「わかったわ。お祖父さま、ロックさんの仰るとおりにしましょう」
トニトルスは渋々頷いた。
「ふん。まあ、ピリカがそう言うなら、仕方あるまい。だが、小僧、おまえはどうする?」
ロックは不敵に笑った。
「おいらだって逃げるさ。だが、一番最後だ。さあ、いいから、早く行きな!」
二人を馬に乗せると、ロックは平手で馬の尻をパーンと叩いた。
「気をつけて行けよ!」
ピリカが振り向いて「ありがとう、ロックさん!」と言うのをニヤニヤ笑って見送っていたロックは、再び足元がゴゴゴゴッと鳴ったため、急いで表情を引き締めた。
「いけねえ。ニヤついてる場合じゃなかった。愚図愚図してたら、日が暮れちまう。さてと、鉄の巨人が地上に出て来るとしたら、あそこしかねえだろうな。何とかして塞がなきゃ」
ロックは駆け足で、この廃都ヤナンの中でも普段から人が住んでいない地域へ向かった。
進むにつれ、倒壊した建物がそのまま放置され、雑草が生い茂っているような場所ばかりになる。
ボロボロに風化した石柱を通り過ぎ、かつては大きな家の外壁であったらしい石垣の裏に廻ると、そこだけ草が生えていない正方形の箇所がある。
「ここだ、間違いねえ。ゾイアのおっさんと来た時、バドリヌ親子に襲われて、おいらが落っこちた穴だ。うーん、だが、どうやって塞いだらいいんだろう?」
一度落ちて凝りているからか、ロックはなかなか正方形の穴に近づけずにいた。
その距離でも、遠雷のような音が地面の下から響いている。
ロックは途方に暮れたように、空を見上げた。
「だいぶ暗くなって来やがったな。夜になる前に何とかしねえと」
と、その時。
「コソ泥、何、考えて、いる?」
すぐ傍から聞こえてきた声に、ロックは飛び上がった。
「うわっ、だ、だ、誰だ、てめえ!」
見回すと、近くの草叢がユラユラと揺らめき、全身を草色の布で覆った少年が姿を現した。
ガイ族のハンゼが隠形していたようだ。
ロックはフーッと息を吐く。
「ハンゼか。嚇かすんじゃねえ。それに、おいらはもうコソ泥じゃねえって、何度も言ってるだろ」
「でも、今の、驚き方、コソ泥、だった」
「うるせえ。こっちは今、大変なんだ。ああ、そうだ、おめえも早く逃げろ。おっかねえ鉄のギガンが、地面の下を穿り返してんだぞ」
「おれ、今、来た、ばっかり。報せる、ことが、ある」
「何だよ?」
「大蜥蜴の群れ、こっちに、向かってる」
「ああ、それなら、もう知ってる。せっかく報せに来てくれてすまないが、今はそれどころじゃねえんだ。鉄のギガンがこの穴から出て来そうなんだ」
「塞げば、いいか?」
ロックも、ガイ族がこの穴の下の地下神殿跡を一時的に隠れ家にしていたことを聞いてはいたが、ハンゼの自信たっぷりな態度に驚いた。
「お、おお、勿論だ。おめえ、できんのか?」
「できる」
アッサリそう答えると、ハンゼはそのまま正方形の穴の方に行こうとする。
ロックは慌てて止めた。
「今じゃねえよ! 今塞いだら、どっか別のところから出ようとするだろう。多少は時間が稼げるが、それだけの話だ。このギガンは強力だが、融通が利かねえ。ルキッフは、そこを上手く突いて、落とし穴に嵌めた。おいらたちも、ちょうど上がって来るところを見計らって塞ぐんだ。できるか?」
ハンゼの答えは同じであった。
「できる」
ロックは拳を突き上げた。
「よっしゃあ! じゃあ、おいらが合図したらやるんだぜ!」
一方、バロード最大の湖に向かって急降下したウルスは、夕暮れが迫る湖畔の漁村に、たくさんの松明の灯りを見つけた。
よく見ると道なりに曲線を描いて動いている。
(あれだ! 多分、ツイムはあの先頭にいると思う。ああ、でも、どうやって知らせたらいいんだろう? この姿じゃ喋れないし、ぼく自身の姿になるのもマズイし。うーん、そうか!)
ウルスは松明の列に接近し、その一番前に馬に乗ったツイムを見つけると、降下しながら徐々に身体を大きくしていった。
身体が人間の形に近づくのと同時に、顔も大きくゴツくなっていく。
真っ黒だった羽根の色も、猛禽類のような色に変わる。
それは鳥人形態のゾイアの姿であった。
目の前に降りて来たその姿に、ツイムはギクリとして馬を止めた。
が、相手のコバルトブルーの瞳を見て何事かを察したらしく、後ろから来る住民たちにも聞こえるよう、やや声を張って「これは、ゾイア将軍! 如何された?」と尋ねた。
ウルスは空中浮遊しながら、低い作り声で答えた。
「避難誘導、ご苦労に存ずる。ぼ、いや、われが急行いたしたるは、他でもない。ヤナンに重大な危険が迫っておる故、住民を連れて来ぬようにしてもらいたい。タロス、どの、にも、伝えて欲しい」
ウルスの言い方に吹き出しそうになっていたツイムも、その内容の重大さに、すくに表情を改めた。
「畏まった! 必ず、タロスにも伝えます。その後、二人して急ぎヤナンに戻りますと、バローニャ公ウルス殿下にお伝えくだされ!」
「ありが、たき幸せ。では、良しなに頼む」
再び上昇して行くウルスを見送ると、ツイムは振り返って、大きな声で告げた。
「聞いたとおりだ! 行先を変更してくれ! ヤナンではなく、真っ直ぐ南へ下って国外に出て行くんだ! 自由都市同盟に加盟している都市なら、どこでも受け入れてくれるはずだ! すまないが、おれはここから別行動をとる! 内乱が無事に収束したら、一緒に釣りをしよう!」
おおっという、どよめくような返答を背に、ツイムは方向を変え、鞭を当てて馬を走らせた。




