467 バロード内戦(8)
レウス王子の摂政レオンからの無礼極まりない回答を受けて、豪商の屋敷跡で開催された策戦会議では、バローニャ公ウルスから概ね次のような指示が出された。
ロックは情報部隊を国内に散らし、相手方の動きを探ること。
タロスとツイムは王都バロン近郊の住民を避難させること。
クジュケは暁の女神の砦のニノフのところへ行って、危険に備えるよう伝えること。
シャンロウは商人の都サイカに飛んで、ライナたちに竜騎兵が直行する可能性があると警告すること。
そして、ゲルヌ皇子には、各地に散っている『神聖ガルマニア帝国』の同志たちに連絡を取り、ガルマニア帝国側の動きを調べてもらうこと、であった。
その日のうちに身軽に飛んで行ったシャンロウ以外、皆何かしら処理すべきことを抱えており、中でもウルス陣営の事務処理を一手に引き受けているクジュケは身動きが取れず、エオスへの出発は翌日の午後にずれ込んだ。
クジュケが出発前の挨拶に行くと、ウルスは珍しくロックと談笑していた。
ロックは焦げ茶色の瞳を輝かせ、身振り手振りで、自分の活躍を話している。
「で、メギラ族のデカブツが、おいらに迫って来やがった。ここでおいらが殺られちまったら、トニトルスのじいさんもピリカも生命はねえ。だから乾坤一擲、おいらは捨て身の勝負に出たのさ!」
「卒爾ながら、少しお話ししても宜しいでしょうか?」
強引に割り込んで来たクジュケを、ロックは思い切り睨んだ。
「なんだよ! おいらは今忙しいんだ、後にしてくれ!」
クジュケも負けずに言い返す。
「わたくしは、ウルス殿下に申し上げております!」
ウルスが困ったように、「ごめんね、ロック。後で聞くから」と詫びると、ロックは「しゃーねえな」と肩を竦め、クジュケには一瞥もくれずに部屋を出て行った。
クジュケは憤懣やるかたないという顔で、「礼儀知らずにも程があります! 殿下を何と思っているんでしょう!」と不満をぶちまけた。
ウルスは苦笑して「ぼくが頼んだんだよ。友だちのように話してくれって」とロックを弁護する。
クジュケは自らを落ち着かせようとしてか、上を向いてフーッと息を吐いた。
サラサラの銀髪が後ろに下がり、先の尖った耳が露わになる。
「あまり甘やかさない方がいいですよ。ああいう輩は、すぐに付け上がりますからね」
「でも、ああいう風に街で起きたことを色々聞かせてくれて、とても参考になるんだよ。まあ、さっきのはちょっと脇道に逸れちゃったけど」
「逸れ過ぎです。報告はもっと簡潔にするべきです」
「そうかな。無味乾燥な報告より、ぼくにはわかり易かったけど」
クジュケは両方の眉をグッと上げた。
「随分お気持ちが変わられましたね。やはり、お熱のせいですか?」
クジュケは軽い皮肉で言ったのだろうが、ウルスは少し悲しげな顔になった。
「いや、ぼくが変わったとしたら、父上のことが原因だと思う。ねえ、クジュケ、変なことを聞くけど、おまえは何のために生きてるの?」
「それは……」
思いもよらない質問を受け、返答に窮するクジュケに、ウルスは「ごめんね。でも」と表情を改めた。
「ぼくは父上が亡くなって、ずっと考えていた。母上が生きていた頃、父上はよく言っていたよ。王の役目は、普通の人たちの普通の暮らしを護ることだ、って。母上が死んで、父上は狂ってしまったけど、亡くなる前には、元の父上に戻っていた。ぼくは、それを受け継ぐつもりだ。そのために、普通の人たちが何を考えて生きているのか、知りたいんだ」
クジュケは深く頭を垂れた。
「御心も知らず、大変失礼いたしました。わたくしこそ、礼儀知らずでした」
ウルスは、少し恥ずかしそうに笑った。
「ごめんね。クジュケは本当によく働いてくれていて、いつも感謝してるんだよ」
クジュケは、ハッと顔を上げた。
その目が潤んでいる。
「身に余るお言葉でございます。少々手間取りましたが、処理すべきことは粗方済んだと思います」
「これからニノフ兄さまのところへ行くの?」
「はい。遅くなりましたので、一気に跳躍して」
「あ、それは、待って」
何故か、ウルスは慌てた。
「はい?」
「ええと、サイカへ飛んだシャンロウと違って、ここからエオスだと、バロン上空を通過するから、お祖母さまの目がニノフ兄さまに向いてしまう。迷惑が掛かるかも」
「ですが、レオンの言った三日の期日の一日めがもう半ばを過ぎました。早くお報せせねば」
「じゃあ、せめてバロンの近くは避けてよ」
「わかりました。では、大きく南へ迂回します。到着は、明日早朝となりますが、よろしいでしょうか?」
ウルスは少し目を瞑って考えていたが、すぐに目を開けた。
「うん。それでいいよ。ニノフ兄さまによろしくね」
「はっ、畏まりました」
クジュケが部屋を出て行くと、ウルスはホッと吐息を漏らした。
「それまでには熱も下がって、出発できてると思うけど」
一方、ウルスの部屋を出たロックは、情報部隊の部下から気になる情報を聞いた。
「小さな地震が続いているって? そりゃあ、自然のことだから、別におかしくはねえだろう」
部下の若い兵士は首を振った。
「いえ、それがおかしいのです。その小さな地震は、少しずつヤナンに近づいて来ているそうなのです」
「そんな、馬鹿なことがあるわけ、あっ!」




