458 ミッテレ・インポシビリタス(1)
【作者註】
サブタイトルを見て、「あれ? 内戦の話じゃなかったっけ?」と思われた方もいらっしゃると思います。
ここから始まるエピソードは、本来、外伝として処理すべきものとは思いますが、本編の最も重要な部分でもあり、時系列としても内戦と並行して進むことに意味があるため、そのまま並列して掲載しようと考えました。
具体的には、交互にエピソードが進むことになる予定ですが、上手く交互にならず、どちらかに偏る可能性もなきにしもあらず、です。
どうか、温かい目でご覧ください。
因みに、サブタイトルの元になったトム・クルーズさん主演の映画は最初の一作しか観ていませんが、さらにその元になった海外ドラマはよく観ていました(^^;;
父の葬儀以来無理をしたせいか、ウルスは熱を出してしまった。
施療院を兼ねたピリカの自宅で治療を受けていたが、最近よく眠れないと言うウルスのため、ピリカは薬草茶を用意するからと部屋を出た。
ところが、その直後にウルスは眠ってしまい、すぐに夢を見たのである。
それが夢であることは、隣にウルスラがいることから、明らかであった。
ウルスはウルスラに手を引かれ、空を飛んでいた。
「どこへ行くの?」
ウルスが聞くと、ウルスラは少し首を後ろに向け、困ったような顔を見せた。
「わたしにもわからないわ。でも、呼ばれているのよ」
「へえ。あ、でも、何だか前の方に山が見えるよ」
「そうね。何だか見覚えがあるような」
「ほら! 丸い天幕が見えて来た! シンガリアだよ!」
「まあ。じゃあ、わたしたちを呼んでいるのは、きっとサンサルスさまだわ」
二人の言うとおり、眼下に広がる景色は聖地シンガリアのようであった。
その奥まった位置にある、巨大な木造建築の教団本部に真っ直ぐに向かっている。
「ウルスラ、壁にぶつかっちゃうよ!」
「わかってるけど、止まらないのよ!」
「あああっ!」
視界が暗転し、気がついた時には、二人とも見覚えのあるサンサルスの執務室の中にいた。
「ようこそ、ウルス王子、ウルスラ王女」
二人が声がした方を見ると、長いサラサラした銀髪を綺麗に整え、その髪の間から少し先の尖った耳を出している、懐かしいサンサルスの姿があった。
その、この世のものとも思えぬ美しい顔に、微笑みを浮かべて二人を見ている。
「サンサルスさま!」
二人が声を揃えて呼びかけるのを、サンサルスは嬉しそうに聞いて頷いた。
ウルスとウルスラは同じぐらいの長さの金髪で、着ている服も同じ平服なのだが、顔立ちはそろそろ男女差が顕著になっており、何より瞳の色が異なっている。
「おお、やはり、夢なのですねえ。現実では叶わぬことが叶いました。ウルス王子とウルスラ王女を同時に見て、お話しすることができるとは」
その言葉に、ウルスラが首を傾げた。
「まあ、サンサルスさまもこれが夢だと思われるのね。それじゃ、これはいったい誰の夢なのかしら?」
サンサルスは、双子の王子と王女を等分に見て答えた。
「誰のものでもありませんよ。強いて言うなら、三人共通の夢、というところでしょうか」
ウルスがハッとしたように、「それじゃ、あの、ええと」と思い出そうとするのを、サンサルスが引き取った。
「そうです。識閾下の回廊、古語で云う『夢の通い路』というものです」
ウルスラが「まあ、サンサルスさまにも、繋がっていたのですね」と驚くと、何故かサンサルスは少し悲しげな顔になった。
「四日前に繋いでいただいたのです、サンジェルマヌスさまに」
「えっ、でも、サンジェルマヌスさまは」
さすがに、その時にはもう死んでいたはずとは言えず、口ごもるウルスラに、サンサルスは時を渡ってサンジェルマヌスが来た経緯を話した。
サンジェルマヌスは、病床にあるサンサルスに自分の余命を与え、後事を託した上で、ウルスラに別れを告げに行ったというのである。
聞いているうちに、ウルスラはポロポロと涙を零した。
「それであんなに疲れていらっしゃったのね」
ウルスも目を潤ませていたが、「でも、何故、ああ、ごめんなさい」と何か言いかけて口を噤んでしまった。
サンサルスが「いいのですよ」と微笑んで見せた。
「何故、ご自分の寿命を縮めてまで、わたしに残り少ない生命をくださったのか。それは、ドーラさまの目を逸らすためです」
「お祖母さまの?」
そう聞き返したのは、涙を拭ったウルスラの方であった。
「ええ。サンジェルマヌスさまは、ご自分がずっとドーラさまに追われていることを自覚されていました。ドーラさまも、常にサンジェルマヌスさまの潜時術を警戒されておりました。この状況が続く限り、ウルスラ王女が重要な使命を果たせない、とお考えになったのです」
「わたしの、使命?」
「はい。ウルスラ王女にしかできないことです」
「それは、つまり、あの」
「そうです。白魔のことです」
「ああ、そうね。ここは夢の中だから、言ってもいいのね。わたしは覚えていないけど、サンジェルマヌスさまのご指導で、一時停止させたんじゃなかったかしら?」
「ええ、正に一時的に、ですが。でも、今は少しずつ再活性化しているそうです。ドゥルブの使者にお会いになったでしょう?」
ウルスラはブルッと身震いした。
「ああ、タンリンのことね。あれは怖ろしかったわ。もう人間じゃなくなっていたの」
「そうでしょうね。そういうことを防ぐためにも、一時停止ではなく、ちゃんと中和しなければなりません」
「サンジェルマヌスさまが仰っていたことを、少し思い出したわ。そのためにはすごく時間が掛かるから、お祖母さまに狙われてしまうだろうって。それは大丈夫なのかしら?」
サンサルスは珍しく悪戯小僧のような笑みを浮かべた。
「そのために、ウルス王子にも来ていただいたのです」
二人の話を興味深く聞いていたウルスは、驚いた。
「え? ぼく?」
眠れないというウルスのために、特製の薬草茶を淹れて持って来たピリカは、スヤスヤと眠るウルスを見て「あらあら」と微笑んだ。
ところが、そっと扉を閉めて出て行ったピリカと入れ違いに、少しだけ開いていた窓から、人間程の大きさの蜘蛛がスルリと入って来たのである。




