455 バロード内戦(1)
サンサルスが病床から立ち上がった頃、バロードの王都バロンでは、生まれたばかりのレウス王子の戴冠式の準備が進められていた。
本来なら、レウス王子が成人するまで別の王を立てるべきところだが、王位継承権のある他の二人の王子とは敵対関係にあるため、先例のないことを強引に押し切ろうとしているのである。
尤も、蛮族の大半は戴冠式の意味も知らず、逆に、何故そんな面倒なことをするのかと不平不満を募らせている。
古式に則ったやり方に拘っているのは、レウス王子の外曾祖父に当たる、蛮族の長老レオンである。
レオンは、蛮族の中で唯一中原との交易を行っていたシトラ族の出身であり、孫娘のレナ同様、中原の言葉を流暢に話す。
レナがカルスの子を身籠った時には、本人以上に喜んだ程中原への憧れを持っていた。
そのため、カルスを追い出した後は、度々聖王の間に来ては、こっそり玉座に座っていた。
その日も、戴冠式の式次第を見直した後、密かに聖王の間に足を運び、玉座に座って満足そうに吐息を漏らした。
「ふう。愈々だな。レウスは赤ん坊だから、実質的にはわしが王だ。蛮族と蔑まれた、このわしが、歴史あるバロードの王なのだ!」
勿論、レオンの母国語はシトラ族の言葉なのだが、バロードに来てからは日常の会話でも中原の言葉を話すことが多く、最近では、独り言すらそうであった。
と、開いたままの窓からヒラヒラと灰色のコウモリが入って来るのが目に入り、レオンは慌てて玉座を飛び降りた。
ノスフェルはクルリと宙返りすると、妖艶な美熟女の姿のドーラとなった。
レオンはすぐに跪いて、中原風の臣下の礼をした。
「これは、ドーラさま、お早いお帰りで」
ドーラは、氷のように冷たい目でレオンの顔を見つめている。
「そのように卑下せず、堂々と玉座に座っておってよいぞ」
レオンの皺深い顔に、ジワリと汗が滲んだ。
「お、お戯れを。ええ、その、先程は、どのような座り心地なのか、好奇心から、つい」
ドーラは両方の眉をグッと上げた。
「そうか? わたしには、随分座り慣れているように見えたがの。まあ、そんなことは、どうでもよい。レオンよ、何か申し開くことがあるか?」
レオンの顔に怯えのようなものが走った。
「申し開き、とは?」
「ほう。惚けるつもりか。ならば、ハッキリ聞こう。何故わが息子カルスを殺した?」
レオンは激しく頭を振った。
「とんでもないことにござりまする! われらは、ドーラさまのご指示のとおり、カルス陛下に手傷を負わせ、その後確り手当をした上で、聖王宮内に軟禁する予定でした。それが、思いの外激しく抵抗され、バロード人の秘書官なども奮戦したため、取り押さえることができず、王自ら逃げてしまわれたのです。亡くなられたのは、その後で、われらの所為では、ひっ」
弁明するレオンの喉にドーラの手が伸び、片腕一本で身体ごと持ち上げていた。
「嘘を申すな! バロード人の秘書官とはラクトスであろうが、文官のあやつにそんな剣技があるものか! カルスに重傷を負わせた上で、態と逃がしたのであろう!」
「違います違います。ううっ、苦しいっ」
レオンを自分の頭より高く差し上げていたドーラが、不意に手を放した。
ドンと尻餅をついて呻くレオンを見下ろし、ドーラはフーッと大きく息を吐いた。
「いっそ、おまえも殺してやろうかと思うたが、今は私怨を晴らすべき時ではない。赦すことはできぬが、その分決死の覚悟で働いてもらおう。だが、申しておくぞ。二度と出過ぎた真似をするな。もし、次にこのようなことがあれば、おまえの生命だけでは済まぬぞよ。一人残らず蛮族を抹殺する。わかったか!」
「ははっ、畏れ入りまするっ!」
平伏するレオンを飛び越え、ドーラはドカリと玉座に座った。
「戴冠式など形だけでよい。直ちに戦闘準備じゃ!」
一方、対するウルスの陣営では、ヤナンの古い館を徴収し、策戦本部とした。
当初は、ピリカの施療院を兼ねた自宅をそのまま使うという案もあったのだが、ウルスがこれ以上迷惑を掛けたくないと気遣い、全員別の建物に移ることにしたのである。
そこはヤナンが王都であった時代の豪商の屋敷跡とのことで、ボロボロに傷んではいたが、部屋数が多いという理由で選ばれた。
その代わり、掃除と修理で一日潰れしまったのは、仕方のないことであった。
全員でその作業を終えた翌日の朝、一階の大広間にある長方形のテーブルに集まり、簡単な朝食を摂りながら、今後の策戦を話し合うことになった。
テーブルの正面にはウルス、その左側にゲルヌ皇子、クジュケ、タロスが並び、右側にゾイア、ツイム、ロックが座った。
シャンロウは、例によって警戒のため周辺を飛んでいる。
ウルスは嬉しそうに見回し、「最強の布陣だね」と笑ったが、それには意外な反論があった。
「いや。このままでは心許ない気がする」
なんと、それを言ったのは、ゾイアであった。
すぐにロックが「おっさん、珍しく弱気だな」と笑ったが、ゾイアに同調する声も上がった。
ゲルヌ皇子が「余も危ういと思う」と述べたのである。




