表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
471/1520

451 メメント・モリ(1)

 ウルスがゲティスベルクでバロードを自分たちの手に取り戻すことをちかった頃、庶兄あにのニノフにも父カルスの死が伝えられた。

 暁の女神エオスとりででは、辺境から渡って来る者たちの対応のため、老師ケロニウス、マーサ姫、ペテオ、そして、偶々たまたまウルスラに付きって来ていたギータも、渡河とか拠点きょてんがあるスカンポ河の下流域かりゅういきに行っている。

 ニノフを大公に即位させるべく準備を進めていたクジュケも、紆余曲折うよきょくせつて、今はウルスに付きっており、ニノフのかたわらに残っているのは、副将のボローだけであった。

 そのボローが、張り出し露台オープンテラス薬草茶ハーブティーを飲みながらくつろいでいたニノフに、カルス王の死を伝えたのである。

「そうか」

 それだけ言うと、ニノフは軽く目をじて上を向いた。

 その閉じたままの目蓋まぶたからあふれた涙が、ツーッとほほを伝い、歴戦の武将とは思えぬほど華奢きゃしゃあごから落ちて行った。

 ニノフとは逆に、如何いかにも男臭おとこくさく、黒々とした顎髭あごひげ胸毛むなげまでつながっているボローは、何も言えずにだまってそれを見ている。

 ニノフは上を向いたまま目を開いたが、あとから後から涙がこぼれ落ちた。

 そのまま、ボローにというより、自分にかたり掛けるように話し始めた。



 おれは、ずっと父を憎んでいた。

 おさないおれをかかえた母を無慈悲むじひて、貴族の娘と結婚した非道ひどうな男だと思い込んでいた。

 だから、最初にカルボンきょう謀叛むほんで死んだと聞いた時にも、自業自得じごうじとくだとしか思わなかった。

 それが生きており、しかも、蛮族の帝王としてバロードに攻めて来たのには驚いたが、父というより敵側の大将という認識でしかなかった。

 その後、ケロニウス老師が結んでくれた相互不可侵そうごふかしんの約束を一方的に破られたり、不信感はつのるばかりだった。


 それが多少なりとも変わったのは、やはり、幽閉ゆうへいされてやつれたあの姿を見たからだろう。

 すべての権力をうばわれ、しかも、自分の妻を殺したのが自分の母であると知り、打ちひしがれていた。

 本来なら、いい気味きみだと思ってもよかったはずだが、とてもそうは思えなかった。

 ああ、父もまた、運命にもてあそばれた人間なのだな、と感じたのだ。

 そして、その手を取り、和解を誓った時、これで積年せきねんうらみも消え、普通の親子関係に戻れると信じた。

 それが……。

 いが残る。

 もう少し、やさしい言葉を掛けてやればよかった。

 唯一ゆいいつの救いは、妹のピリカが最期さいご看取みとってくれたことだ。

 癒しヒーリングの力は、おれと同体の妹であるニーナよりピリカの方が強かった。

 そのピリカが付き添っていてくれたのに助からなかったのだから、それが運命さだめだったのだとあきらめがつく。

 今はただ、安らかに眠ってくれと、それだけを願っている。


 ああ、すまんな、ボロー。

 今言ったことは、おれの個人的な感傷かんしょうだ。

 わかっているよ。

 伝令にまかせず、おまえみずからが知らせに来てくれたのは、今後の指示をあおぐためだろう。

 ここからは、この砦をあずかる立場の者として言う。


 ウルスには申し訳ないが、しばらくは静観せいかんするつもりだ。

 この砦も二万を超える大所帯おおじょたいになったとはいえ、大半たいはんは今、難民受け入れのために、スカンポ河下流域に散らばっている。

 呼び戻しても急場きゅうばには間に合わぬし、その必要もないと思う。

 おれの得ている情報では、蛮族軍はおよそ二万、バロード正規軍は四万五千を超える。

 適切な指示を与える将軍が二三人いれば、必ず勝てる。

 そして、ウルスのもとには、ゾイア将軍、タロス、ツイムに加え、クジュケもいる。

 最強の軍勢と言ってもいいだろう。

 ただし、蛮族軍がこちらへ雪崩なだれ込んで来ないよう、国境周辺は厳重な警戒が必要だ。

 ただちに手配してくれ。



 そう言って顔をボローの方に向けた時には、ニノフの涙はもうかわいていた。

 ボローもホッとしたように、「わかった。すぐに手配しよう」と告げて去って行った。

 それを見送ったあと、ニノフの顔が上下して瞳の色が限りなく灰色に近いブルーになってニーナにわると、両手で顔をおおって泣きくずれた。



 当然のことながら、聖王カルスの死は、またた中原中ちゅうげんじゅうに伝わった。

 一つには、幼子おさなごレウスの聖王即位を知らせるべく、蛮族の長老レオンが積極的に広めたということもある。

 ゲティスベルクの葬儀そうぎの翌日には、早くもガルマニア帝国の皇帝宮こうていきゅうにもしらせが入った。

 ちょうど愛妾あいしょうドランと甘い菓子を食べていた若き皇帝ゲルカッツェの、それを聞いての第一声だいいっせいは、「へえ、そう」というものだった。

「ぼくよりだいぶ年上だったから、早死はやじにじゃないし、しょうがないよね。一度ほろんだ古い王家おうけ再興さいこうした英傑えいけつって聞いたけど、二回も部下に裏切られて死ぬなんてさ。ああ、そうか、一回目は死んでないか。まあ、いずれにしても、よっぽど間抜まぬけな王さまだよね」

 と、膝枕ひざまくらで皇帝に菓子を食べさせていたドランの顔が一変いっぺんし、鬼のような形相ぎょうそうで皇帝を怒鳴どなりつけた。

「黙れ、小僧こぞう!」

 言われた皇帝は「ヒーッ!」と女のような悲鳴を上げて飛び上がって逃げたが、カルスの死を伝えに来ていたガルマニア人の秘書官は、激昂げっこうして怒鳴り返した。

「ぶ、無礼者ぶれいもの! そこへなおれ!」

 言いざま、護身用の剣を抜いたのが間違いであった。

 すで可愛かわいらしい舞姫ドランから、おそろしい魔女の顔に変わっていたドーラのてのひらが、秘書官に向かって突き出されたのである。

せろ!」

 激しい言葉と共に、見えない波動が秘書官の身体からだに激突し、ひらいたままだった窓から外へ飛ばされた。

 窓の外はほりであり、長い絶叫ぜっきょうあと、人間が水面にぶつかる激しい水音がひびいた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ