449 内乱勃発(9)
ヤナンの地下神殿で崩御した聖王カルスは、最期を看取ったウルスラたちによって、ピリカの家の王室用客室に安置された。
沈みがちな皆の気持ちを鼓舞するため、ゾイアは敢えて食事をしながら葬儀の相談をしようと提案する。
ウルスラと人格交代していたウルスは、その精悍な青年の顔で微笑みながら、ゾイアの心遣いに応えた。
「その方が、父も喜ぶと思います」
すると、ピリカがやや恥ずかしそうに、「あまり期待しないでくださいね」と弁解した。
「祖父が作れるのは、蕎麦粉の薄焼きぐらいで、それにチーズや生ハムを挟んで食べるんです」
シャンロウが「旨そうだあ」と、早くも階下に降りて行く。
皆もやっと笑顔になってそれに続いたが、クジュケだけはムスッとしたまま、「わたくしとて魔道師の端くれ。陛下のお傍に控えております」と動かない。
青年ウルスが振り返って、「後で、シャンロウに交替させるよ」と告げると、クジュケは少し顔を赤らめ、「ありがとうございます」と小さな声で礼を述べた。
一階の大食堂では、テーブルの上の大皿に乗ったガレットを一人ガツガツと食べていたロックが、急に大勢が降りて来て驚いていた。
「何だよ何だよ。せっかくおいらが独占できると思ったのに」
真っ先にシャンロウが「おらにも分けてけろ!」とガレットを掴み、横の皿のチーズを載せて齧りついた。
「うんめえ!」
皆で食事をしながら話そうと提案した少年ウルスの姿のゾイアも苦笑して、ピリカに「行儀が悪くて、すまぬ」と謝った。
ピリカも笑顔で首を振った。
「いいえ、気にしないでください。食べることは大事な癒しです。生きて行くのは辛いことも多いですから、こういう小さな幸せが救いになるのですわ」
「そうだな」
「ゾイアさまも食べてくださいな。わたしは祖父の様子を見て、成長されたウルス王子に合う服を探して来ます」
すると大食堂の入口から、「いや、わしも食べる。わしが作ったんだからな」というトニトルスの声がした。
皆がホッとしたように笑う中、ゲルヌだけは気にして、小声で青年ウルスに「この様な時に燥いですまぬ」と詫びた。
ウルスも囁くように「これでいいんだよ」と返し、すぐに少し声を張って言った。
「さあ、ぼくらも食べよう!」
翌朝。
ヤナンの乱の際に蛮族軍によって火を放たれ、焼け野原となったゲティスベルクに、カルス王のための祭壇が設えられた。
尤も、内乱の真っ只中であるため、非常に簡素化されており、そのまま燃やせる木組みに花を添えた台の上に、カルスの棺が載せられているだけである。
その横には、王子としての正装をした少年の姿のウルスが座っている。
前には棒が一本立てられており、その一番上に細い針金で作った円に丸い紙を貼っものが付いていた。
サイカの包囲戦でも使われた、クジュケ特製の拡声器であろう。
クジュケ本人は、同じ魔道師のシャンロウと祭壇後方の左右に分かれて控え、不測の事態に備えている。
祭壇の前の広場には、正規軍兵士が二万弱集まっており、粛然と開式を待っていた。
「やっぱり民間人は入れねえのか?」
祭壇の横手にある関係者の席でそう尋ねたのは、ロックであった。
隣に座っている兄貴分のツイムが、「ああ」と答えた。
「昨日おれたちが兵士に集まるよう声を掛けている時、参列したいと申し出る市民は多かったんだが、全部断った。いつ蛮族軍が攻めて来るか、わからねえからな」
その横にいるタロスも、生真面目な顔で頷いた。
「その後、正規軍と打ち合わせした際にも、皆一様に蛮族軍の奇襲攻撃を心配していた。本当は、全軍の四万五千に近い兵士が参列を希望したのだが、ある程度は各地に残さざるを得なかったのだ」
ロックは苦笑した。
「どうせ全部はこの広場に入りきらねえよ。それにしても、後はおっさんが無事にウルスの役を熟せるかどうか、見物だな。シャンロウのお蔭で、声もちゃんとウルスと同じになってるはずだし、これも魔道だろうけど、髪の毛の色もウルスそのまんまになってるじゃねえか。まあ、バレることはねえだろうけどさ」
ツイムもタロスも、少し不安そうに祭壇の方を見た。
タロスの更に横にはゲルヌ皇子が座っているのだが、心を落ち着かせるためか、目を半眼に閉じて瞑想しているようだ。
と、四人の後ろから、「心配せずとも、ウルスはちゃんと役目を果たすと思うぞ」と声が掛かった。
「え? おっさん?」
ロックが驚いて振り返ると、そこにはもう一人ウルスの姿をした人間が立っていた。
但し、昨日ロックも目にした青年ウルスの方である。
いや、そうではなかった。
髪がダークブロンドで、瞳の色がアクアマリンに変わっているのだ。
「声はウルスと同じにできたのだが、髪と瞳の色は、シャンロウにも変えられなかった。遠目なら誤魔化せるつもりであったが、ウルス本人が、それならば、自分が話すと言うので、任せることにした。昨夜、クジュケに施術を頼み、二人で手を繋いで寝たのだ。上手く元に戻ったよ」
そう話している間にも、青年ウルスからいつものゾイアの姿に変化して行き、トニトルスのお下がりだという服が、盛り上がる筋肉で、はち切れそうになっている。
「えええっ、ウルスで大丈夫かよ!」
ロックだけでなく、ツイムとロックも心配のあまり席から立ち上がってしまったが、その時、ウルスの第一声が聞こえてきた。
「バロード正規軍の皆さん、ぼくが世継ぎの王子、ウルスです」
瞑想していたゲルヌが目を開き、「頼むぞ、ウルス」と呟く。
その額には、赤い第三の目が光っていた。




