448 内乱勃発(8)
バロードの王都バロンで新王子レウスが誕生した際、その外曾祖父に当たる蛮族の長老レオンは、聖王カルスに譲位を迫った。
カルスがこれを断ると、レオンは潜ませていた蛮族兵に襲わせ、武力で聖王宮を制圧する挙に出た。
カルスは重傷を負ったものの、唯一のバロード人秘書官ラクトスたちの奮戦によって聖王宮から落ち延び、更にガイ族の手助けで廃都ヤナンにまで逃れた。
ガイ族の女族長バドリヌは、ヤナンの地下神殿にカルスを匿い、その怪我の治療を頼むべく、息子ハンゼに霊癒族のピリカを呼びに行かせた。
ピリカに同行して来たカルスの娘ウルスラ王女は、偶々ゾイアの身体と入れ替わっていたため、亡き母ウィナのふりをしてカルスの最期を看取ったのである。
眠るように安らかにカルスは逝ったが、母に続き、父をも失ったウルスラは嘆き悲しむ。
だが、ピリカに慰められ、励まされたウルスラは、漸く気持ちを切り替えることができたのであった。
「ああ、そうだったわ。わたしは自分の悲しみばかりに囚われていたのね。今は、大変な国難だというのに。ありがとう、ピリカ姉さま。今こそ、わたしが、ううん、わたしとウルスが、父上の代わりに頑張らなきゃ」
そこへ、奥の部屋へ続く扉からクジュケが現れた。
「お話し中、申し訳ございません。ご遺体の処置が終わりました。ヤナンはバロードの中では一番辺境から遠く、腐死者化する虞はないかと存じますが、危険を避けるため、明日には火葬すべきと思います。それまでは、わたくしの結界で厳重にお護りいたします」
ウルスラは、また一つ大きく息を吐いた。
「そうね。このような状況下だから葬儀は略式にせざるを得ないけど、せめて国民に見送って欲しいから、明日どこかに集まってもらいましょう。その手配はみんなと相談するわ。その間、父上をどうしましょう?」
ピリカがその問いを引き取った。
「わたしの家の一番大きな続き部屋は、元々王さまがヤナンに来られた時に使われた王室用客室だったと聞いているわ。あそこに一晩ご安置したらどうかしら?」
「ああ、それがいいわね。あのお部屋は、昔わたしたちが住んでいた頃の王宮に似ているし、きっと父上も喜ぶわ。クジュケ、お願い!」
クジュケも内心そのつもりであったらしく、すぐに「畏まりました」と告げて、奥の部屋に戻っていった。
同じ頃、そのロイヤルスイートでは、正にカルス王の葬儀についてゾイアとゲルヌが話し合っているところであった。因みに、ロックだけは、せっかくトニトルスが用意してくれたからと、昼餉を食べるため一階に降りている。
見た目だけで言えば、サラサラした赤毛の少年が、少し癖のあるダークブロンドの少年に、明日の遊びの相談でもしているかのようであるが、話の内容はずっと重たいものであった。
「やはり火葬にすべきであろうな」
ゲルヌがそう言うと、ウルスの姿のゾイアも頷いた。
「ああ。ヤナンは辺境から遠いとはいえ、昨今の瘴気の強まりを考えると、その方が無難であろう。但し、その前に、できるだけ正規軍の兵士たちを集め、王の死を共に悼むのと同時に、士気を上げるための演説が必要だな」
「そうだな。しかし、そんなに広い場所があるのか?」
ゾイアは既に心当たりがあるようであった。
「うむ。ヤナンの乱の際、その鎮圧に来た蛮族軍一万と郊外で戦ったのだが、かれらは行軍の邪魔になるからと、途中の市街地を全て焼き払った。住民はそのまま国外に逃げ去り、未だに戻っていない。義勇軍を退去させる前に、瓦礫だけは片付けさせたから、ちょっとした広場になっている。あそこならば、二三万の兵士が集まれるだろう」
「そうか。今の状況には、そういうところの方が相応しいかもしれぬな。何という土地だ?」
「われも詳しくは知らぬが、確かゲティスベルクという名であったな」
「良い名だ。おお、クジュケたちが帰って来たようだぞ」
ゲルヌが指差す先の空中に、ポッ、ポッ、ポッ、と三つの光る点が現れ、それぞれが光る半透明の球となって膨らみ、パチンと割れた。
中から出て来たのは、水平に保たれたカルス王の遺体とクジュケ、そしてシャンロウ、最後はピリカと手を繋いだウルスラである。
真っ先にクジュケが「只今戻りました。取り敢えず、ご遺体を安置させていただきます」と断り、空中に浮かんだままのカルスを大きな寝台に移動させた。
ゲルヌがスッと立ち上がり、自分より大きくなったウルスラを見上げるようにして、慰めの言葉を掛けた。
「お気の毒であった。余も同じように父を失った故、気持ちはよくわかる。何でも相談してくれ」
と、ウルスラの顔が上下し、瞳の色がコバルトブルーに変わるのと同時に、長かったブロンドの髪がスルスルと短くなって、精悍な青年の顔になった。
ピリカの服のままなので違和感があるが、大人になったウルスの姿であろう。
「ありがとう、ゲルヌ。ぼくなら大丈夫だ」
そう言って差し出された大人の手を、ゲルヌは確りと両手で握った。
「今、ゾイア将軍と葬儀について相談していたところだ。ウルスも加わってくれ」
「勿論だ」
ピリカが気を利かせ、「お祖父さまの若い頃の服を用意するわ」と部屋を出て行こうとするのを、ゾイアが「ああ、待ってくれ」と止めた。
「トニトルスどのはわれらの食事を用意してくださったのだが、王の崩御を聞かれ、失意のあまり自室で休まれている。良ければ、様子を見てやってくれぬか」
「まあ、そうでしたか。わかりました。ありがとうございます」
行こうとするピリカを、今度はシャンロウが止めた。
「待ってくんろ。昼飯があるなら、おらも食いてえ」
シャンロウの子供のような言い方に、一気にその場が和んだのを受け、ゾイアが提案した。
「ならば、多少不謹慎かもしれぬが、話し合いは食事を摂りながらにしようではないか。どうだ、ウルス?」
ウルスも少し微笑みながら頷いた。
「その方が、父も喜ぶと思います」




