447 内乱勃発(7)
ロックとシャンロウがピリカの家に戻ると、ウルスの姿をしたゾイアが、その声を真似ようと練習しているところであった。
ゲルヌ皇子とクジュケに駄目出しをされているが、一向に上手くならない。
ところが、シャンロウがゾイアの喉をひょいと触ると、全くウルスと区別がつかないような声に変わったのである。喋り方さえウルスそのままであり、その場の全員が驚いた。
「それは東方魔道ですか?」
同じ魔道師としての対抗心からか、悔しそうに聞くクジュケに、シャンロウは軽く「んだ」と頷いた。
「おらたち東方魔道師は、密偵の仕事が多くてよ。これくらいは、はあ、朝飯、いんや、昼飯前だよ。こんなことだって、できるよ」
シャンロウは、サッと自分の喉に触れてから、口を開いた。
「何やってんだ、おっさん。まるで人真似する小鳥みてえに、同じことばっかり言いやがって」
それは正に、ロックの声、ロックの口調、ロックの科白、そのものであった。
ロックがちょっと嫌そうに「よせよ」と言った時、別の声がした。
「ゾイア、将軍、いるか?」
またシャンロウの声色かと、皆の視線が集まったが、本人は鍔広の帽子が飛びそうな程の勢いで首を振った。
「違えよ。おいらじゃねえ。おっと」シャンロウはまた自分の喉に触れ、「おらではねえだ」と言い直した。
文句を言いたそうなロック本人を片手で制し、ゾイアが「あれはハンゼの声だよ」とウルスの声で窓を指差した。
クジュケが「もうっ、ややこしくて、頭がおかしくなりそうです!」と文句を言いながら、窓を開ける。
窓の外にいたハンゼは息を切らしていたが、部屋の中の全員に聞こえるよう、大きめの声で告げた。
「ピリカ、先生から、伝言。聖王、カルスさま、たった今、うーん、たった今、ああ、崩御、された。ゾイア、将軍に、運ぶの、手伝って、欲しい、と」
ウルスの姿のゾイアは少し考えて、首を振った。
「いや。今のぼくでは、本物のウルスと変わらない。力も弱いし、変身もできないよ。タロスとツイムは正規軍との打ち合わせに行ってるから、ここは、クジュケとシャンロウの魔道師二人に行ってもらった方がいいと思う。ああ、でもその前に、シャンロウにお願いがある。声を変えるのは、いざという時だけでいいんだ。自分でも違和感があるからさ、元の声に戻してよ」
その後、ハンゼの案内で二人の魔道師が飛んで行くと、ゾイア、ゲルヌ、ロックの三人は一階に降りて、トニトルスにカルス王のことを話した。
正規軍に加わるするつもりであったらしいトニトルスは、ガックリと肩を落とした。
「老いたりとはいえ、再びカルス陛下の下で戦えると勇躍しておったのに。本来なら、微力ながら弔い合戦に参戦するべきであろうが、その気力も湧かぬわい。昼餉は作ったから、皆で食べてくれ。わしは、少し横になる」
ロックが「元気出せよ、爺さん」と声を掛けたが、トニトルスは項垂れたまま、僅かに片手を挙げただけでそれに応えると、自分の部屋に戻って行った。
トニトルスとずっと口喧嘩ばかりしていたロックは、少し淋しそうに「爺さんらしくねえよ」と呟いた。
「元気づける必要があるな」
そう言ったのはゾイアである。
もう元の声に戻っていた。
「えっ、爺さんをか?」
聞き返すロックに、ゾイアは苦笑して首を振った。
「そうではない。いや、それもあるだろうが、今われが言ったのは、バロード国民全体のことだ。カルボン卿の謀叛によってガルマニア帝国傘下の自治領となり、その後独立して共和国となったものの実態は独裁国家となり、カルス王に率いられた蛮族の侵略を受けて実質的には他民族支配の王国となり、そして今、そのカルス王すら失った。反撃を開始するにしても、トニトルスどのの様子を見ればわかるように、このままでは無理だ。誰かが元気づけ、勇気づけねばならぬ」
要領を得ない顔のロックの横で、ゲルヌが頷いた。
「そうだな。その役目を果たすのは、おまえしかおらぬ。引き受けてくれるか?」
ゾイアも頷き返した。
「ああ、そのつもりだ。いずれにせよ、簡単に葬儀を行うこととなろうから、その席で国民に、まあ、この状況では正規軍にということになるが、訴えかけてみよう。但し」
「但し?」
「話す内容は、ウルス本人、若しくはウルスラに決めさせる」
「おお、そうだな。そうであるべきだ」
だが、そのウルスラはすっかり打ちひしがれていた。
地下神殿の奥の部屋には、すでにクジュケとシャンロウが到着しており、ガイ族の者たちにも手伝わせて遺体の処置を行っていた。
大声で泣いていたバドリヌは、気持ちを切り替えたのか、或いは気を紛らわすためか、ハンゼと一緒に黙々とそれを手伝っている。
一方、ウルスラはピリカに連れ出され、砂山のある中央の広間で待っていた。
「王女、大丈夫?」
心配して聞くピリカに、返事をすることさえできず、ウルスラは俯いて涙を流している。
その背中に手を翳しながら、ピリカは優しく囁いた。
「あなたは立派だったわ。泣きたい気持ちを堪え、最後までお母さまの役を務めた。お蔭で、カルス陛下は本当に安らかに逝かれたのよ。幸せだったと思うわ。でも、辛いでしょうけど、今は前を向いて。王を失って、バロードの全国民が悲しみに沈むと思うの。それを慰めてあげてね」
ウルスラは、フーッと大きく息を吐いた。
「ああ、そうだったわ。わたしは自分の悲しみばかりに囚われていたのね。今は、大変な国難だというのに。ありがとう、ピリカ姉さま。今こそ、わたしが、ううん、わたしとウルスが、父上の代わりに頑張らなきゃ」
涙を拭ったウルスラは、地上に繋がる四角い穴の向こうの青空を見上げ、漸く少し吹っ切れたような表情になった。




