446 内乱勃発(6)
ガイ族の少年ハンゼは、案内して来たウルスラとピリカを母バドリヌに引き渡した後、ロックたちが追って来ないことを確認し、崩れた石垣の裏にある正方形の穴の傍まで戻って来た。
穴の中を覗き込んだが、縄梯子には誰もいない。
「まさか、もう、下まで、行った、のか?」
如何に急いでも、縄梯子に慣れない者が下まで降りるには、それなりに時間が掛かるはずである。
実際には、ウルスラが他の二人と一緒に跳躍したのだが、それを知らないハンゼは、三人がまだ地上にいるかもしれないと思ったらしく、周辺を駆け回った。
倒壊した建物や、草叢の中なども見たが、いるはずもない。
と、穴の方から悲鳴のような声が聞こえて来た。
「母者!」
ハンゼは急いで穴に戻った。
確かにバドリヌの声であったが、悲鳴ではなく、泣いているようである。
ハンゼは、二段飛ばしで縄梯子を駆け下り、最後は砂山の上に飛び降りた。
カルス王が匿われている部屋の位置までは知らないらしく、ハンゼは周囲を見回す。
円形の広間を取り囲む扉の一つが開いており、バドリヌの泣き声はそこから聞こえて来ている。
ハンゼは迷わずそこを進んだ。
進むにつれて血の臭いが強まり、自然とハンゼの足が早まった。
遂に廊下の突き当りにある部屋に辿り着き、中に飛び込むと、声を上げて泣くバドリヌをピリカが宥めているのが目に入った。
その横には、泣き疲れた様子のウルスラが、放心したように壁に寄り掛かって立っている。
三人の中では比較的平静を保っているピリカも頬を濡らしていたが、ハンゼに気づくと、ぎこちなく微笑んで見せた。
「ハンゼ、怖がらなくても大丈夫。敵が襲って来た訳じゃないわ。ただ……、ただ、大切なお方が亡くなって、みんな悲しんでいるの。あなたのお母さまも、ウルスラ王女も、今は何もできないでしょう。だからお願い。お祖父さまたちを、ああ、いえ、お祖父さまには無理ね。ゾイア将軍たちをここに連れて来てちょうだい」
「わかった。何と、言って、連れて、来る?」
ピリカは、深く息を吸って気持ちを落ち着かせた。
「聖王カルス陛下が、たった今、崩御されました、と」
その頃、ロックとシャンロウはピリカの家に戻って来ていた。
途中ですれ違った伝令の若い兵士が笑顔であったことから、話し合いが終わったのだろうと察したのである。
「ふう。市内を一廻りしたら、もう腹が減って来たぜ」
一階の共用部の椅子に座るなり、ロックがそう言うと、シャンロウも勢い込んで相槌を打った。
「んだな。おらもペコペコだよ。この家の爺さまに、頼んでみるべ」
ロックは苦笑して首を振った。
「よせよ。あの爺さん、おいらを目の敵にしてるからな。何も食わせてくれねえよ」
すると、しゃがれた声が響いた。
「そうだ、おまえに食わせるものなどない!」
驚いたロックが振り返ると、階段を降りて来たらしいトニトルスが立っていた。
「と、言いたいところだが、昼餉はこれから用意する。ピリカがどこかへ出掛けておるから、簡単なものしか作れんがな。おまえたちは二階で待っておれ。他の連中も、大きい方の続き部屋にまだおるわい」
何か言い返そうと身構えて聞いていたロックは、拍子抜けしたように尋ねた。
「ピリカたちは何も言わずに家を出たのか?」
「ああ。わしが『どこへ行く?』と聞いたのに、『わからないわ』と答えおった。ガイ族の緑色の小僧と、背が伸びて美人になった王女と、三人で走って行ったわい」
「そうか。やっぱり何かあったんだな。途中で出くわしたんだが、逃げるように行きやがったぜ。まあ、いいや。おいらには関係ねえ。それより、爺さん、なるべく旨いものを作ってくれよ」
「ふん。おまえのためではないぞ」
何故か機嫌がいいトニトルスの態度を訝しみながらも、ロックはシャンロウを連れて二階に上がった。
奥のスイートの前までくると、妙に甲高いゾイアの声が聞こえてきた。
「ぼくが世継ぎの王子、ウルスだ」
すると、ゲルヌ皇子の声がした。
「違うな。もう一回」
「ぼくが世継ぎの王子、ウルスだ」
今度は、クジュケの声が聞こえた。
「いいえ、前の方が良かった気がします」
「ぼくが世継ぎの王子、ウルスだ」
ロックは呆れて扉を開けた。
「何やってんだ、おっさん。まるで人真似する小鳥みてえに、同じことばっかり言いやがって」
中では、ウルスの姿をしたゾイアが一人離れた位置に立ち、その前にゲルヌと浮身したクジュケがいた。タロスとツイムの姿は見えない。
ゾイアが苦笑して説明した。
「内乱を鎮めるために、われがウルスになりすまして正規軍を統制しようと思ったのだが、この声では、すぐにバレてしまうのでな。もう何回も練習しているのだが、上手く行かん」
すると、ロックの後ろに浮身していたシャンロウが、スーッと前に出て来た。
「おらに任せろ。ゾイアさん、顎を上げてけれ」
「おお。こうか?」
ゾイアが顎を突き出すようにすると、近づいたシャンロウが喉の辺りにそっと触れた。
「どうだべ?」
「うむ。別に変わったようには」
そこまで言って、ゾイア本人も、その声を聞いたゲルヌやクジュケも驚いた。
それは、正にウルスの声であったのである。




